第6章 傷 【青峰】
「別れようとか思わねえのか…?」
俺が呟くと、ゆりは力なく微笑んだ。
「先輩の家、色々訳ありらしくて。精神的に
不安定になると、こう言うことしてくる。
普段は優しい人なのにね。でも、私が耐えれば
先輩はごめんって謝ってくれるし、それがあるなら
私は我慢できるから。」
微笑む顔は疲れ切っているのが分かる。
「お前は…それでいいのかよ…」
握った手にじわりと汗が滲むのを感じた。
「正直なところ…好きではないんだ…多分。
でも、なんだか一緒にいる時間が長すぎて…ね。
変な情が移ってるんだと思う。」
確かにゆりの言う通り、こいつの彼氏は悪い
噂なんか聞いたことがない。
勉強もできて運動もできる、所謂秀才ってやつだ。
おまけにルックスもいいからモテると聞いたこともある。
「もちろん、付き合い始めの頃は好きだった。
この人となら…っても思ってた。でも…ね。
現実はそんなに甘くなかったみたい。」
窓の外に目を向けるゆり。
「なんでかな…私、親も兄弟もいないから…
1人で苦しんでる先輩をほっとけない。
そんな感じの気持ちなんじゃないかと思う…」
ジャージを肩にかけ直してファスナーを上げる音が
やけに耳に障った。
「俺は…」
ゆりにも聞こえないくらいの小さな呟きが
勝手に口をついた。
「あ…シャル。ごはんあげてなかったね」
不意に立ち上がり、キッチンへと向かった
ゆりの背中を俺は自然と追いかけた。
「ん〜っと…」
独り言を言いながら棚を漁るゆりの
腕を傷に触れないように掴む。
「え…青…?」
余りに恥ずかしすぎて、目が合う前に
俺はゆりを腕の中に閉じ込めた。
「ちょっ…青…何っ?!」
驚かれるのも当たり前だ。
付き合ってもねえのにこんなこと…。
でも、考えとは反対に身体は言うことを聞かない。
「バカが…」
俺がそう呟くと、ゆりは最初こそ身じろぎ
していたものの、次第に俺に抱き締められるままになった。
無数に付けられた痣。一生残りそうな火傷。
思い出しただけでこっちが苦しくなる。
気づけば俺は勝手に言葉を紡いでいた。
「俺にしとけ…」