第3章 文化祭 【赤司】
不思議と歌っている間は人の目線を忘れた。
そのくらい夢中になって歌ってた。
会場は波を打ったように静かで、まるで世界に
私と征ちゃんと玲央先輩の3人だけしかいないような感覚だった。
繊細なピアノとバイオリンの美しい音色だけが頭に響く。
人の前で歌うことって、楽しいんだね。
征ちゃんに勇気をもらって、私は苦手を1つ失くせたよ。
なんだか、いつも征ちゃんには助けられてるな…
今度は私が助けたいな。
そう思いながら歌えば、一曲はあっと言う間に終わった。
時間で言えば僅か5、6分程度。
たったそれだけの時間だったけど、私にとっては
物凄く濃くて有意義な時間だった。
そして、伴奏が終わったのを確認して、再び深く
お辞儀をする。
すると、会場からは開始の時よりも遥かにすごい
拍手が鳴り響いた。
私は、清々しい気分でステージを降りる。
すると、私より一歩早くステージから降りていた
征ちゃんがこちらを振り返り、そっと両腕を広げた。
「………ッ」
私はそれを見て、一気に頬が緩むのがわかったんだ。
何の迷いもなくその腕に飛び込む。
すると、逞しい身体がしっかりと抱き留めてくれた。
「素晴らしい歌だったよ。よく頑張った」
そう言いながら頭を撫でてくれる征ちゃん。
「ほんと…?ちゃんと歌えてた?」
「あぁ。今までで一番最高だった…」
更に抱きしめる力を強くして褒めてくれる征ちゃん…
思わず鼻の奥がツンとした。
「征ちゃんがいたからできたんだよ…?」
会場からは未だ拍手の音が聞こえている。
私達が抱き合う様子に、誰も口出ししてくる人はいない。
「僕がいたからじゃない。正真正銘、これは君の実力だ」
ほんの少し溢れた涙を長い指で掬ってくれる。
「…ありがとう!」
再び私が抱きつけば、受け止めてくれる征ちゃん。
すると、不意に耳元で囁かれる。
「今夜はうちに来るといい。2人だけで苦手克服の
お祝いでもしようか」
低く、甘い声で言われ、私は一気に体温が上がってしまう。
すぐさま返事もできず、顔を伏せていれば、
指先で顎を掬われて目線がぶつかってしまう。
「…………はぃ」
恥ずかしくて小さく返事をすれば、彼は満足そうに
口角を上げてゆっくり頷いた。
この日の夜、熱く赤司に愛されたのは言うまでもない。