第1章 短編集
甘々な告白
その人はいつだって真剣だった。
福富先輩が言い放った「人の三倍練習しろ」なんて普通の人はやれないのよ。
貴方がそれを頑張るのは自分のため、なんだろうけど。
目つきも口も悪いけど、その一生懸命な姿にいつの間にか魅了されていたのだ。
その姿が見れるのもあと少しだな・・・後ほんの数日で引退だなんて、進学が地元ではなく静岡だなんて。
「なァ名前チャン」
いつもそんな感じで私を呼ぶ荒北さん。
そのけだるい感じも、鋭い目つきも、昔は怖かったけど、今は好きなんです。
そう思いながら乗っていた愛車のギアをガシャン、と変えてみた。
この重いギアで重い気持ちで走るのがなんとなく嫌だったから。
少し強めにペダルをこぐ。風が顔に当たる。気持ちいい。
「おーい名前チャン?聞いてる?何で最近そんな元気ないのヨ」
そう言われてはっと気づく。
しまった、今は部活中で、しかも考え事をしていた内容が内容なだけにこの人がすぐ近くにいたとは。さっき呼ばれたのは私の妄想ではなく、本人だったのか。
荒北さんの愛車がこちらに近づいてくる。
もともとそんな速く走っていなかったのですぐ隣に並ばれた。
荒北さんの人の気持ちに鋭いところ、本当嫌いです。
・・・ぜったい嫌いにはなれないけど。
な、何のことですか?と目を泳がせながら愛車の進路を変えた。
「話は終わってないんだけどォ」
「ぎゃ!」
がしっとハンドルを握られ荒北さんのそばに行かざるを得ない。
荒北さんは私の愛車を自身の近くまで寄せると私の手首を力強く握った。
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