第1章 短編集
息を軽く吸い込み、息を吐く。
その瞬間ギャラリーも静かになり、一つの”世界観”が出来上がる。
この瞬間がたまらなく好きだ。
そうして静まり返った部室で、忘れかけていた彼の要望に応えた。
「・・・あぁ、ロミオ様、あなたはどうしてロミオなの?
私はキャピュレットの娘、あなたはモンタギューの息子。
どうして私達は出逢ってしまったの?
どうして・・・愛し合ってしまったの・・・」
「・・・・っ!」
おい東堂、やれと言ったのはお前だろう。
なぜそんな顔が真っ赤なのだ。
こちらも恥ずかしくなってきたじゃないか。
いつも目の前で言われているセリフを自分で言うむずがゆさに耐えきれられなくなったころ、東堂は口を開いた。
「・・・後悔しているのかい?」
傅いて少し高い位置にある私の手を取る東堂。
セリフ、知ってたんだな・・・。
神経が研ぎ澄まされ、感情が高ぶる。
ジュリエット、こんなにもロミオを好きだったのね。
「いいえ・・・でも私達は今、こんなに近くに立っているのに・・・2人の間には、どんな山よりも高く険しい壁があるの」
久しぶりに女役をやるからか、相手が東堂だからか。
ドキドキと胸がうるさくなった。
すると目の前のこの男はいきなりバッと立ちあがった。
え、ここ立ち上がる場所じゃな・・・
「そんな山、乗り越えてみせる!!
名前さえ居れば、俺は荒れ狂う嵐の中だろうと、
日の光すら届かない暗闇の森だろうと、燃え盛る炎の中だろうと、その山を誰よりも早く走り、超えて見せる!!!
なんせ山神様とは俺のことだ!
だから名前!付き合ってくれ!!!」
しばし沈黙。
その後ギャラリーからキャー!とかすげえなアイツ告白かよ!とか色々聞こえてきた。
「・・・え、なに?どうしたの東堂?」
拍手やら口笛やら囃し立てるBGMを聴きながら東堂を見る。
「・・・返事は?」
「え?」
「俺はすべてを乗り越える。だから付き合ってくれ。俺には女神が必要なのだ」
そんな顔真っ赤にして、こんなことして。
私も柄にもなく、真っ赤なんだろうな。
こんな女の子扱いされるとは・・・そんなやられてばかりは気に食わない。
今度は私がかしづいて、東堂の手を握った。
「・・・でしたら、お言葉通り、
私はあなたの女神になりましょう」
end.