第1章 短編集
東堂の言う事は最もなのだろう。
士気を上げるのは誰もが出来ることではない。
ましてや、一人ではなく「全員」となるとたやすいことではない。
チーム戦のロードレースにおいては最も重要な要素なのだ。
それをいとも簡単にやってのけるこいつはさすが、とも言うべきだろうか。
なんかしっくりくる言葉が見つからず、しばらくして考えるのをやめた。
今はあいつの動きを目に焼き付けることを考えよう。
「はい、お疲れ様―!頑張った頑張った!!」
黒い髪をひとくくりにした名前の後ろ姿を見つめる。
部員一人一人に言葉を掛けるその姿。
あの横顔も、仕草も、あと何回見れるだろうか?
「はい!次は坂ですよー!」
パンパンと手を叩きスタート位置に促す。
大きな男たちが彼女の小さい手のひらからの合図でぞろぞろと動くのは何とも滑稽な気もしたし、それが当たり前の風景だったのと彼女の持つ雰囲気からさ、頑張ろうと意気込むものもいた。コイツもその一人だろう。
「オレの見せ所だな!ワッハッハ!名前!兄様の実力しかと見届けろ!荒北、行くぞ!真波!貴様もだ!!!」
「はーい、東堂さん」
うるせェと思い耳を塞ぎつつ愛車を引きスタート位置まで向かう。
ここでビアンキに乗るのも、あとわずか。
キュ、とグローブをはめ、メットをかぶる。
「山岳、しっかりね!」
「名前さん、オレ楽しんでくるからちゃんと見ててね」
「はいはい、見てるから楽しんでね」
ポンポンと部員の肩をたたいていく名前。
彼女のいつもの儀式だ。
ねぎらったり、緊張をほぐしたり、コミュニケーションを取ったり。
ついに自分の番になった時、すでに何十人もの肩を叩いていた名前の手をグっと掴んだ。
「どうしたの?靖友?」
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