第11章 愛しい人へ(前編)
「それからの1年は本当に楽しかったです。海外にも旅行に行って。彼はちゃんとやりたかったらしいんですけど、形だけでいいって私が押し切って2人だけで結婚式も挙げて…」
幸せな思い出も語る彼女の姿はとても可愛らしくて、白澤さんのことを話すそれと同じだった。
ただ、形だけといえど結婚式を挙げたという話以外にも引っかかる点がある。
「さゆさん…私の記憶が正しければ貴女の死因は…」
「事故死、ですね。よくあるひき逃げってやつです。1年後の彼はね、結局私のことを自分では殺せなかったんですよ。」
殺したら悲しいに決まっている。
泣きながらそう言って。
さゆさんはサラリとはにかみながらそう続けたが、私としてはとても笑えたものではなかった。
話の筋はわかる。
「失ったとき悲しめるかを知りたい。」
その為にはその死が悲しいシチュエーションであってはいけないのだ。
故の事故死。
おそらく殺し屋か何かに頼んだのであろう。
しかし私にはそれが甘えているようにしか感じなかった。その甘えの為に彼女が死んだのかと、そして彼女がその甘えを良しとしてしまったのかと思うと、腹のうちから、ドス黒いものが渦巻くような怒りが血をめぐる。
「鬼灯さま。」
彼女は私の顔を見るとそっと頬に触れてきた。
「ありがとうございます。それからごめんなさい。他の人から聞いたら命を粗末にしているようにしか聞こえないかもしれない。それでも、私は後悔していないんです。やりたいことは全部やってきたから。」
微笑む彼女の手に自分の手を重ねる。
彼女の笑顔を
彼女の手を
彼女の声を
どんなに自分が望んでも手に入らない彼女自身を、そんな男は、あの男は持っていたのだ。
「本当…腹立たしいですね…」
「すみません。」
「胸糞悪いです。」
「ごめんなさい。」
「罰として…少しだけ貴女を腕に収めてもいいですか?」
「罰ですか。」
「罰です。」
返事は聞かずにそっと抱き寄せたが、やけくそな口実にも関わらず拒まれることはなかった。