第11章 愛しい人へ(前編)
「…私はそろそろお暇します。」
「あ、待ってください!写真だけ撮らせて…!!」
「えっ?」
袖をぐんと惹かれたかと思えば、携帯を片手にかの人はこちらを見上げてくる。
「さゆちゃんそれ僕の前でいう?!」
「いないところで言って後でバレたら怒るじゃないですか。」
「そりゃそうってかそもそも言うなよぉ!!」
彼が動けないのをいいことにギャンギャン騒ぐ白澤さんに背を向けると、さゆさんは携帯をこちらへ掲げ、ダメですか?といたずらっぽく微笑む。
この人は本当……
恐らくこうすれば断られないということを無自覚に知っているのだ。今までの人生経験から男女問わず、円滑にことを勧めるのに長けているのだろう。
「…せっかくなので一緒に写りましょう。私にも送ってください。」
「やった!」
どさくさに紛れ肩を抱き寄せるがノーリアクション。白澤さんばかりがギャーギャーと騒いでいる。私はあくまで友人なのだと、改めて思い知らされるようだった。
なら、それでもいい。
「はい、撮りますよー!」
カシャリと音をたてた携帯を覗き込み、コクリと頷くと画面をこちらへ見せてくれる。
「こんな感じでいいですか?」
「ええ。」
返事をするとスッと腕の中から離れていく愛しい人。
「では、私はこれで。」
「はい!お土産と写真まで撮ってもらっちゃって、ありがとうございました!」
「二度と来んな!」
入り口までついてきて、手を振ってくれるさゆさんに軽く手を振り返す。
自分は一体何をしているんだろうか。
いつか彼女が振り向いてくれると心の中で期待でもしているんだろうか。
気持ちを自覚してから、いや、思えばする前からも、幾度か彼女を夢に見ていた。
私だけを見ていてくれる彼女。
初めて会った時の彼女。
私の腕に抱かれる彼女。
私を忘れている彼女。
分かっている。
今のこの現実以外、どんな彼女も存在はしないのだ。