第11章 愛しい人へ(前編)
「ね、鬼灯さま、少し後ろも、見せてください。」
白澤さんを座らせると、さゆさんはすぐに戻ってきた。足を抱え込んだ白澤さんはまだ立てないようだ。そんなに痛くした覚えはないはずなんですけどね。
とりあえず足をおさえている彼氏そっちのけでこちらへ来たさゆさんは少し背伸びをしながら私の髪へ触れてきた。触りやすいようにこちらも少し中腰になる。
「…そんなに珍しいですか?」
「初めて見ましたからね〜!!鬼灯さまいつも長いから新鮮だし。私好きなんですよね〜黒髪の人の短髪とかこの位の長さ。」
「「えっ」」
うっかり声が重なってしまい、一瞬だけ白澤さんと顔を見合わせたがすぐに2人とも目線をさゆさんに移した。
「さゆちゃんそのくらいの長さが好きなの?」
「あれ?白澤さんに私が現世で好きだった俳優の写真見せませんでしたっけ?あの位とか好きです。」
「いや見てないし!」
「まぁ、もちろんその人に合った髪形が1番とは思いますけど、襟足が見えてるのとか好きですね。」
「…ていうかいつまで触ってんの…?」
「あ、ごめんなさい。」
「いえ。」
ジトッとした白澤さんの視線を受け、私の後頭部を優しく撫でていた手が離れていく。
名残惜しいがそろそろ中腰も疲れてきていたので良しとしよう。
「でもやっぱ髪で結構印象変わりますよね。すごく似合ってます。」
さゆさんはよっぽどこの髪型が気に入っているらしく相変わらず笑顔が眩しい。
…時間の許す限りはこの髪型でいよう。
「………僕も髪切ろうかな…」
「白澤さん…?」
ポソッと聞こえたその言葉はは椅子の背に腕をのせ、更にその上に顎を乗せて拗ねている白澤さんから発せられていた。さゆさんがそこでようやくそちらへ目を移す。
「ぜったいダメ!!!」
「えっ」
「白澤さんは今のままがベストなんです!!!!せっかくのサラサラストレートが!!!」
「そ、そう…?」
……これは惚気を見せられているんだろうか。
先日のケンカも、翌日にはケロッといつも通りに帰ってきたと桃太郎さんから聞いた。
痴話喧嘩に巻き込まれるのならまだしも、本人達に自覚はなくとも、他人の惚気を見せられるのはただでさえいい気分にはなれない。
その相手が想い人ともなれば尚の事。