第1章 その香りの先に
「う・・・・」
固く閉じていた目が開く。
なぜが緊張した面持ちでダリューンはその時を静かに待った。
彼の声に集まったアルスラーンたちも静かに見守る。
「ここ・・・は?」
かすれた声で天井を見つめている娘は、気配がする方へと頭を動かす。それすらどこか苦しげに見えるのだが、アルスラーンは彼女の前へ跪くと泣きそうな声で必死に声をかけた。
「どこか痛むところはないか?おぬしは戦場で倒れていたのだ。目立つ傷はないみたいだが大丈夫か?!」
アルスラーンの剣幕に、落ち着いて下さい、とダリューンは窘める。代わりにとばかりに、静かな声で問うた。
「名前は?ここがどこだかわかるか?」
「・・・なまえ・・・カナヤ・・・」
虚ろな瞳が、部屋明かりに照らされて色を帯びる。長い睫毛の奥にあったのは、深い、深い紅だった。
それを見たダリューンが僅かに肩を揺らす。なぜだかその瞳をもっと見たい、と思ってしまったのだ。
そんな動揺に気づくはずもなく、カナヤは彼に震える手を伸ばす。
「どこ・・・?ここは、なんで私はここに・・・あんな場所は知らない、あんな目に遭うなんて」
「・・・っ」
縋るように見つめる瞳に動けなくなったダリューンは、伸ばされた手を直ぐにはつかめなかった。
ハッとして手を取ると、ここがパルス国であること、戦争に巻き込まれたらしいことだけ伝えた。
「あなた達は・・・だれ?」
「この方はパルス国の王太子、アルスラーン殿下だ。俺はダリューン、後ろにいるのは友のナルサスとエラムだ」
「・・・」
答えたのだが、果たして耳に入っているのかどうか。
ここはどこなのだ、なぜ私はここにいるのか、なぜこんな目に合わなければならないのか、あなた達は誰なのか。
質問ばかりをうわ言の様に言うと、再び目を閉じてしまったのだった。