第1章 その香りの先に
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ひとしきり再会を喜び合い自己紹介を済ませると、ナルサスはダリューンに抱えられている娘を見やった。
「・・・で、先程から気になっていたのだが…なんだソレは?」
馬上から琥珀色の瞳を娘へと向け「行き倒れらしい」とだけ言うと、人ひとりを抱えているとは思えないような動きでヒラリと降り立つ。
「・・・私が見つけたのだ。ダリューンにこの娘を助けるように頼んだのだ」
伏し目がちにアルスラーンが言うや否や、バッと顔を上げ懇願するようにナルサスに瞳を向ける。
もはや理屈などどうでも良かった。
戦場でたくさんの命が失われていくのを間近で見てその儚さを痛感した彼は、目の前のその灯火を絶やしたくないと思ったのだ。
「無理を承知で頼む、責任は全て私にある!どうかこの者も助けてやってはもらえないだろうか!」
ぎゅ、と口元が引き締まる。
甘いと思われてもいい、ただ助けたい、それだけだった。
「殿下・・・・ナルサス、俺からも頼む。このとおりだ」
「ダリューン・・・」
頭を下げる友のその姿にハァと溜息を漏らすと、腕組をして仕方ないというふうに苦笑する。
「そんなに頼み込まれては嫌とも言えまい」
パァと表情が明るくなったアルスラーンに、ひたすら感謝の言葉を投げかけられたナルサスだったが、控えるエラムは納得出来ない顔をしていた。
件の娘はどこのものとも知れぬ、しかもよく見れば異国のものらしい見慣れぬ服を着ていたのだから彼が警戒するのも無理は無い。
その固さが彼の欠点でもあり、美点でもあるのを知っていたナルサスは、ポンポンと頭をなでて諭すのだった。
「すまぬ、世話になる」
「どうせ私が断っても押し入るつもりだったのだろう?」
心底嫌そうに答えたナルサスは創作途中であったのだろう、筆を片付けながらエラムに食事の用意と、娘を寝かせる寝床を作るように指示を出した。
・・・途中、ナルサスの「絵」を見たアルスラーンがなんとも言いがたい表情をしていたのだが、そこは行き倒れの娘である彼女も目のあたりにすることになるので、詳しくは割愛しよう。
薄暗い部屋へ寝かせその場を後にしようとしたダリューンが、不意に娘が身じろいだのに気がついた。
「殿下!ナルサス!」