第1章 その香りの先に
こちらの様子をうかがうようにしばし沈黙の後、闇の中から姿を現したのは私と同じ歳くらいの少年で、こちらを見る瞳が利発そうで涼やかだった。
彼が放ったのであろう、ケサク(短弓)の矢が背負う矢筒の中でガラ、と音を立てる。
「これは、お久しぶりでございます」
笑顔で出迎えると、エラムは先ほどの非礼を詫びた。
つと、視線がダリューンが抱えている娘へといくと、少し言い難そうに呟く。
「ああ、この娘はちょっと事情があってな、いや、決して怪しいものではない────はず」
「は・・・?」
ダリューンの語尾が自信がなさそうに尻すぼみになり、それを聞いたエラムは訝しげに眉根を寄せた。
「まあ・・・いいでしょう、ダリューン様がそうおっしゃるのなら」
少しため息混じりにそう言うと、こちらですと闇に埋もれる森の奥を指差した。
案内された森を進むと、程なくして目の前には山荘が見えてきた。暖かな明かりが漏れている。
「ナルサス!俺だ、ダリューンだ!!」
「名乗る必要はない、騒々しい奴め・・・おぬしの声は1ファルサングも遠くから聞こえておったぞ!」
ギ・・・と音を立てて扉が開くと、不敵な笑みを浮かべたナルサスが出迎えたのだった。
姿を見るまではダリューンのように屈強な男のイメージを持っていたのだが、彼より線が細く筆を持つその手は、とてもマルダーン(戦士)のようには見えなかった。
久しぶりの再会で歯に衣を着せぬ会話をしている彼らは、白と黒、対のように見えもしたのだが。
やや口の悪さが印象にあるナルサスに全く遠慮するようなこともなく、ダリューンはそれを楽しんでいる様子が伺える。
(友とは・・こういうものなのだろうな)
羨望の眼差しで一連のやり取りを伺っていると私の視線に気づいたのだろう、一度咳払いをした後にこちらへと向き直った。
「殿下、申し訳ございません、挨拶が遅れました」
「良いのだ、久々の再会なのであろう?私もおぬしらの会話を楽しませてもらっていたよ」