第3章 見えなくとも傍らに
━━━━━━━━━━━
「…で、誰だ貴様は。何故ここで寝ている」
冷たい朝露に頬を濡らして起きる…なんて展開にはならなかったらしい。僕は黒衣の騎士ダリューンの槍を突きつけられて起こされた。
ああなんてこと。少しは穏やかに起こしてはもらえないのだろうか?見るからに丸腰のこちらを完全に無視して、この男は隙あらば貫いてやると言わんばかりの気迫で僕を脅しに来ていた。
胸元に触るか触らないかの絶妙な距離でヒタリと止められた刃に、ダリューンの武人としての気迫を感じていた。
(常人ならば失禁ものだろうね。もっとも)
「コレは、僕には無意味だ」
突きつけられた掠る刃を気にせずに立ち上がると、着ている肩が緩く空いたシャツが少し裂かれてしまった。
一度そこへ目をやると、気にならないとアピールするために視線をダリューンへと戻す。
余裕な僕に何かを感じたらしい、槍を構え直すと重ねて同じ質問をして来た。
「カナヤ」
「!?」
「言わずもがな、知ってるよね彼女の事は」
いつの間にか立ち上がっていたカナヤの愛馬であるソキウスは、気遣わしげに顔を寄せてくる。
片手で下顎へ触れてやると、擦り寄るように頭を上下させた。
…本当に賢い馬だ。人間に従順というわけでもなく人を選んでいるあたり、それ自体は一見可愛げがない様にも映るのだけど。
ソキウスの真っ黒な瞳に、山間から昇る日の光が反射する。
カナヤというワードに耳を立てる彼から視線を外すと、変わらず槍を構えたままのダリューンを見据えた。
「ソキウスはカナヤの愛馬だよね。賢いよね、僕とカナヤの関係を察してるのか、こうして心を開いてくれてるみたいだし。これで僕自身に敵意はないことが伝わるかなって思ったんだけど」
解せない、とばかりに眉間にシワを寄せるダリューンに僕はため息をついた。いや、武人というのはこういう気質なのか。
真面目というか融通が利かないというか…。
カナヤはこんな奴を気にかけていたのかと思うと、ちょっとどころか大いに不快だ。
「おぬし、名は?」
「僕はカノン。カナヤの魂の片割れさ」
ダリューンの後ろに控えていたアルスラーンが、僕の答えにキョトンとしている。なるほど、カナヤが付いてまわるのも頷ける。およそ毒を感じない無垢な彼を放っておけなかったんだろう。