第3章 見えなくとも傍らに
宵闇に紛れたカノンは、暫し森の空気に触れてそれを弄ぶ。
彼にしてみれば、世界を形作るもの全部が幼子のようなものだ。
例えば、ファランギースと交流するジンも飼い慣らしたように操ることができる。
(だけど、最近は力の制御が上手く行かないな。思い当たる節は無きにしも非ずだけど)
彼の存在はカナヤと同じくイレギュラーでありながら、ジン達はカノンを歓迎し喜び、ざわめいていた。それに若干の鬱陶しさを感じながらも、導かれるままにアルスラーン達がいるところへと漸くたどり着く。
火の番はダリューンがしているようだった。肩に担がれた愛用する槍は、警戒を怠らない彼らしいと思う。しかし、幾ら万物に歓迎されるカノンとはいえ、生身の人間にそう認知されるはずもない。
いきなり出ていって「やあ、僕は君達の味方だよ」なぞ通じないだろうと思い、馬たちが繋がれている場所へそっと回り込んだ。
六頭の馬の内、ダリューンの愛馬に次いで体躯の大きい青鹿毛の一頭が目に入る。
カノンの存在に気がついたらしい、横になっていたソキウスは頭を上げ、彼をじっと見つめていた。
「シィ、皆寝てるから、ね」
言い聞かせるように小声で、人差し指を口元に持っていく仕草をする。
ゆっくりと身体を起こしてカノンに近づくと、その顔を彼にすり寄せた。
「…やっぱり賢いなあソキウスは。カナヤが恋しいかい?」
同意するように鼻をブルルと鳴らすと、ソキウスはその場で横になった。少し考えた後、カノンはソキウスを枕がわりにして身体を預ける。
「ふふ、目が覚めたら僕が君を枕にして寝てるんだよ、皆びっくりして心臓止まっちゃうかもね」
おどけたように呟くと、実体化したばかりで慣れない感覚を休めるためにその瞳を閉じた。
さわ、と柔らかい風が過ぎる。
カノンの柔らかな髪をゆらし、その端正な顔を半分隠してしまう。長い睫を伏せた彼はどんな夢を見るのだろうか。
神にほど近い存在ながらも、全てを欲しいままには出来ないカノンは、ただひたすらにカナヤとの再会を待ちわびるのみであった。
彼の存在は、カナヤによってのみ成り立つのだから。
辺りに漂ったキンモクセイの香り。
カナヤが一番好きだった花の匂いを纏ったカノンは、浅い眠りに落ちた。