第3章 見えなくとも傍らに
よもや恋愛話を聞かされるとは思ってなかった彼らは面白くて堪らないようであった。
ダリューンただひとりを除いて。
別にそういう話は構わない。ただ、それが自分の想い人であるなら話は別なのだ。
子ども、ましてや王子が恋敵らしいとは目も当てられない。
武人として生きてきた彼はそういった関係を意識して避けてきた訳では無いのだが、少なくとも沢山の女を見てきているので、年若い彼らほど恋に盲目ではない。かといって経験豊富なわけでもなく、チリチリと燻った胸の内を悟られぬよう、必死に抑えているのだった。
エラムが言った事全部が、ダリューン自身がカナヤに抱いている感情そのものと言ってもいい。
先を越された気がして無意識に歯噛みした。
(いなくなってからずっと、片時も思わずにいたことは無い)
姿も見えず声も聞けぬ相手に、日に日に高まる気持ちを持て余すしかなかった。近くにいた時はあえて意識しないようにして来たのに、離れた途端この有様だ。
一介の、素性の知れぬ一人の娘相手に、自分がここまでかき乱されるとは思わなかった。
「会えたら、今度は目を離さないようにせぬとな」
「全くです、あのじゃじゃ馬娘」
アルスラーンとエラムは顔を見合わせて少しだけ笑いあったのだった。
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新月の晩に輝く星の力を受けて、カノンはふわりとその姿を現した。
そこだけ空気が変わっているかのように、彼を縁どったような淡い光が放たれる。
スゥ、と地面に降り立つと、その長い髪をかきあげて遠くの炎の明かりを見た。
「…僕がここに来たっていうことは、カナヤ、君の想いはここにあるって事だね?…君がいない所って言うのが解せないんだけど」
不満そうにひとりごちるカノンは、さてどうしたものかと顎に手をやり首を捻る。
長い睫を数回瞬かせて考え込むと、彼らの元に置き去りにされたソキウスを思い出した。
「彼を借りて信用を得るしかないかな。あれからソキウスは誰も背に乗せずに、手綱も握られずに彼らについて行っているようだし」
カナヤとカノンは同質の存在故、おそらくソキウスは自分を拒否はしないだろう。
彼らと同行するには、それしかないと思ったのだ。
「カナヤ、早く君に会いたいよ」
優しく微笑むと、アルスラーン達が休む炎の明かりに向かって、ゆっくりと歩き出した。