第3章 見えなくとも傍らに
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『ダリューンやナルサスを私が捨てておぬしを選んだとして、今度はおぬしを捨てる日が来ないとなぜ言える!?』
『ナルサスの悪口をおぬしは言い立てる!だけどナルサスは!私に一夜の宿を与えておいて、騙し討ちになどしなかったぞ!』
夜分、ホディールとの押し問答の際アルスラーンが言い放った言葉を、ナルサスは脳内で反芻していた。
彼の言わんとしていることもだが、あの台詞は自分達を信頼しているからこそ放たれたものであり、それが心地よく胸中を巡っていた。
まだ若い未来の王の本質を垣間見、先々の道が明るく照らされているように感じていた。
カシャーン城塞を去る間際、追い打ちをかけようとしたホディールの弓箭兵が番えた弓の弦の悉くが切られており、それはナルサスがエラムに命じた所以である。
それでも懲りずに、焚かれていた火を全て消した上で、闇に乗じてアルスラーンを捕らえようとしたしつこさは認めてやってもいい。
最終的にダリューンによって首を討ち取られたホディールが所有していたゴラームを、アルスラーンは解放しようとしたのだが。
「……」
煌々と照らされた焚き火の側で、アルスラーンは寝付けずにいた。
一行は野宿をしており、交代で火の番をしているため、今はエラムが木を火にくべている。
ホディールを討ち取った後、直ぐにゴラームの小屋を解放したアルスラーンは、彼らが嬉々としてそれを受け入れるものだとばかり思っていた。
しかし、返ってきたのは怨嗟の声。
虐げられていたというわけでもなく、衣食住をきちんと与えていたホディールの存在は、彼らにとってなくてはならないものだったのだ。
口々に罵られて、アルスラーンはその場に立ち尽くすしかできなかった。
ナルサスから聞かされたゴラームの悲しい性質。奴隷として使われる方が彼らには楽だと言うこと。
ただひたすらにゴラームの解放を考えていた彼にとっては、今回の事は相当堪えているようだった。
ただアーザート(自由民)になるだけでは、彼らは生きていくことが出来ない。
では、一体どうしたらいいのか。
思案しっぱなしで寝付けずにいたアルスラーンは、もぞりと寝返りをうつ。
「何をしているのだ?」
「起こしてしまいましたか?火の番ついでに朝食の下ごしらえをしておりました。殿下はお休みください」
「よいしょっと」
「殿下!?」