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キンモクセイ【アルスラーン戦記】※不定期更新

第2章 レーゾンデートル


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なんという顔をするのだ、この娘は。
まるで言い聞かせるようなその言い方に、思わず膝を付いた。
カナヤはなおも火傷をそっと撫ぜてくる。
殆ど感覚を失ったそこに、僅かに温かみが感じられて思わず目を瞑った。
力の抜けた己の腕はカナヤの頬を滑り落ちる。
暫く動かずにいると、その火傷に別の感触が伝わって目を開いた。

間近に迫るのは、カナヤの、赤い、瞳。

火傷へと口付けていた。

何度かそうしていると、今度は瞼へと唇が触れる。
まるで愛撫されているようで、身体の芯が喜びに打ち震えた。
愛を分け与えるようなその行為に、次に胸が苦しくなる。

信じる?今更何を信じるのだ。
人の心など取るに足らぬものだと思ってきた。
この火傷の原因となったあの忌々しい輩への復讐を誓って以来、ずっと自分のみを信じ、周りは全て利用するものとして生きてきた。
この娘だって同じだ、気まぐれで利用しただけなのだ。
なのに、いつからこんなにも傍に置きたいと思うようになったのか。
籠の鳥にしてまでも、手元に置いておきたい。
羽があるのなら手折って、縛り付けて、誰にも見せぬよう閉じ込めてしまいたい。
狂気じみた思考に自分で驚くほどなのに。

オレはお前の事をそう思っているというのに、それを受け入れて愛そうというのか。

そう思えば堪らなくなって、カナヤを掻き抱いた。
苦しいと言われようとこの手を緩めることも出来ない。

「ヒルメス」

ぽつりと漏れた声が耳に届くと、肩をグッと押しやられてしまう。

「目、綺麗だよね。左右に違うのも、火傷のせいか?」

周りが醜いと恐れおののくこのオレの目を、お前は綺麗だと言う。
もうなにも言えなくなって、身体がぞわりと粟立った。
思考がカナヤ一色に染まり、捕らえられたのは自分自身の方だと悟る。

「ヒルメス、私は、怖くないよ」

以前強引に奪った筈の唇を、今度はカナヤからそっと寄せられた。
それは愛おしむような甘やかな口付けで、ずっと触れていたいと思うものだった。
やがて離れた唇を追いかけて、今度はオレから触れる。
啄むような口付けを繰り返すと、カナヤの華奢な身体を抱き込んでやった。

「オレの傍から、離れるなよ」

胸に響いた同意の声に、何年ぶりかの緩い笑みが浮かんだのを自覚した。
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