第2章 レーゾンデートル
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「何を」
「お前は」
ヒルメスは私の言葉を遮った後、その先は口にせずに押し黙っていた。
勝手に連れてこられて勝手に閉じ込められ、まるで私の意思など関係ないとばかりに振り回されてきた。
じゃじゃ馬だと言われたけれど、私に言わせたらヒルメスの方が酷いもんだと思った。
最初は恐怖もした、逃げたくもなった、アルスラーン達に早く会いたくて、大分暴れ回ったりもした。
だけど。
寝食を共にする回数が増えるに連れ、彼の内に潜む孤独や畏怖に気が付いてしまった私は、抵抗することを止めてしまった。
ヒルメスが私を閉じ込めるのも、恐らくその感情のせいなんだろう。
偶に扉越しに聞こえる声や噂話を考えると、どうも彼はこの場所において本当に独りきりらしい。
そんな環境の中思惑こそ分からぬものの、決して曲がらぬ意志でもって孤独な戦いを挑んでいるらしい彼に、目が離せなくなってしまったのだ。
一番気にしているらしいその火傷も、私からすればただの怪我に過ぎないのだが、見る者によっては畏怖の対象になるのだろう。
恐らく皮膚の深部にまで熱傷は拡がってしまった、半分ケロイド状になったその顔。
ひたすら片手で隠す癖は、その火傷より痛々しく写った。
私の存在でそれが和らいでいるのかもしれない。そう思うのは傲慢だろうか。
「あんまり難しい事は私にはわからない。だけど、ヒルメスが望むのなら、少しくらいは傍にいてもいい」
いつもより幾分優しい声色が、自分じゃないみたいで思わず苦笑した。
少しくらい。私は私のこの先の運命なんてわからないのだが、ずっといることはないのだと何故かそう思った。
なら今だけでも、誰かの拠り所になったっていいんじゃないか。必要とされるのも悪くないし、私だって独りにはなりたくはない。
そっとヒルメスの火傷へと手を伸ばすと、案の定それを遮られた。
だけど、今回は私も引かない。
「醜くない。ヒルメス、こんなの何でもないよ。少なくとも私はそうは思わない。傍に私を置くのなら、私の言葉を信じて欲しい」
気まぐれだって構わない。
歪んでしまったこの人を、僅かでも癒せたならと、本当にそう思ったのだ。
「…私の言葉が、嘘にきこえるのか?」
言い聞かせるようにそう言うと、ヒルメスはその場で膝を付いてしまった。