第2章 レーゾンデートル
「勘違いするな、お前を飼っているという事実は変わらない」
「・・・結局そこに行き着くのか」
一気に不満顔になるカナヤにヒルメスはクックッと喉を鳴らした。
ヒルメスもわかってはいたのだ、無理矢理閉じ込めて置くのは彼女のためにはならないのだろうということは。
しかし、一旦捕らえたこの娘を自由にして他の者の目に晒すのは惜しい。
あの瞳に魅せられる者がいてはならないのだと、言うなればただの独占欲からくるものであったのだ。
だがヒルメスは知っている。
眠れぬ夜に己の腕を抜けて、月夜に向かって異国の歌を淋しげに歌う彼女の姿を幾度と無く見ているのだ。
まるでその視線の先に故郷が有るかのように、心ここにあらずといった風なカナヤを見るのは、何故か心が痛む気がした。
だからというわけでもないが、そう、これは気まぐれだと己に言い聞かせて口を開く。
「オレの御付であるのなら、外に出してやらんこともない。もちろん、目の届く範囲でだが」
「過保護すぎじゃないのか」
「飼っている犬が他所へ行っては迷惑だろう。特にお前のようなじゃじゃ馬にはな」
今度は犬にじゃじゃ馬と来たか。
口をへの字に曲げてヒルメスを睨んで、その手を振り払う。
衣食住が与えられているだけでも感謝すべきなのかもしれないが、毎度この扱いは流石にげんなりする。
しかし、この幽閉状態から脱する機会を与えられそうなわけだ、四の五の言わずにそれにあやかりたいのが本音だった。
「・・・わかった。御付でいいよ、外の空気も吸いたいしね」
むぅ、とむくれた顔をして答えるが、素直じゃないのがまたなんとも言いがたい。
ヒルメスは内で駆け巡る感情が何かがわからずにはいたが、気がつけばそれを吐露するかのように体が勝手に動いていた。
「わぁ!急に来たかと思ったらまたこれか!私は湯たんぽじゃないぞ!!」
カナヤの側へ行き、腕を引っ張って正面からぎゅうと抱きしめた。
腕の中でわちゃわちゃと忙しないカナヤだが、またそれも良しとした。
ひとしきり暴れた後おとなしくなったのを見計らって、その両頬を手で包み込んで自分へと向けた。
「…っ」
カナヤから仄かに花の香りが漂う。
ヒルメスから向けられた視線がいつもと違うことに気付き、思わず腰が引けた。