第2章 レーゾンデートル
だだっ広い部屋。
調度品は派手目のものが並び、アルスラーンは居心地の悪さにまぶたを閉じた。
王宮に来る前の自分、王宮に住まうようになった自分。
栄華を極めた父王が治める国の、呆気ない陥落。
全てを取り戻すために始めた、この戦い。
脳裏によぎった、漆黒の髪の娘。
「カナヤ…どこへ行ってしまったのだ」
原因はエラムが目を離したから、という言い訳もできる。だがそういう話ではないのだ。
何故だか因果を感じずにはいられない。
戦場に突然現れた、身なりの不思議な娘。
自分とそう変わらぬ年であろうカナヤは、記憶を失っていた。
最初こそ警戒されもしたが、共に旅をしてそれなりに打ち解けることができたように思う。
これまでのアルスラーンの周りの人間は身分の差を気にしてか、隔たりを通しての当たり障りのない会話しか出来なかった。そう、王宮では話し相手にすら苦労した。
カナヤの記憶喪失が幸いしたのか、あるいは彼女自身がそもそも身分の違いに無頓着なのか、よく話しかけに来てくれていた。
朝が来ればおはよう、夜になればおやすみなさい。
飾り気のないカナヤの笑顔を交えての当たり前の挨拶でさえ、色づいて見えていた。
寂しい。
その単語だけが、アルスラーンを支配していた。
「…カナヤ」
「殿下も隅に置けませんなぁ」
いつの間にいたのか、ギーヴが窓から降り立ち、腕組みをして壁に背をあずけていた。
その顔はからかうようで、彼は片眉をイタズラっぽく上げて見せた。
「いたのかギーヴ」
「はい、愛しの女子のカナヤの行方を思案しているあたりから、ですね」
ほぼ最初からではないか。そう言おうとして口を噤むと、床を見つめながらポリポリと頭を掻く。
そんなアルスラーンにクスと思わず笑うと、ナルサスらとの話を事の次第を掻い摘んで伝えた。
ギーヴは手に持つ件の香を、そっと扉の隙間から外へ押しやる。
「さ、暫くは我慢して兵が落ちるのを待ちましょうか」
ギーヴはそれ以上カナヤの話は持ち出さない。
相手が王子というのもあるが、複雑な思春期の年頃だ、下手に煽って茶化すのも可哀想だろう。
ギーヴなりの慈悲ではあるのだが、やはり気になるのは事実で、思わしげにチラリとアルスラーンを見やると、困ったように苦笑いを返されたのだった。