第2章 レーゾンデートル
おかしな娘だ。そう思いながらカナヤを抱え上げる。
口調や態度は勝気で少年のようだが、こうして抱えると、彼女が女であることがよくわかる。
独特の身体の柔らかさに加えて、時折掠める優しく甘やかな匂い。
香を焚いているわけでもないので、どうやら彼女自身から香っているらしい。
少し顔を近づけて、すんと嗅いでみる。
ふせられた睫毛の下にある、信念さえ感じさせるようなあの強い瞳を思い出して、ヒルメスは僅かに身震いした。
無造作に後ろに結ばれた、漆黒の髪が月明かりで輝いている。
ジャラ、と首の枷が存在を主張すると、何を思ったのか、ヒルメスは隠し持っていた鍵でそれを解いてやった。
そのままベッドへゆっくりと下ろしてやると、カナヤは少し身じろいだ。だが起きる気配はない。
普段の狂気や憎悪を感じさせる彼には似つかわしくないその扱いに、自分自身で鼻で笑ってしまうしかない。
前髪を梳いてやると、柔らかそうな頬や首が白く映る。
思わず、惹き寄せられるようにして顔を近づけて、少し躊躇いがちに瞼へ唇を落とした。
(おかしいのは、俺もか)
尊師が何を思ってこの娘を連れてきたのかは分からない。あるいはヒルメスが彼女に興味を抱くことを見越して、あの場所へ置いたのかも知れないとも思う。
しかし、何も持たない非力な娘をひとり寄越したところで、ヒルメスの野望が変わるわけでもない。
やはりこの娘、なにかあるのだろうか。
カナヤはそんな思考など露知らずに、静かに寝息を立てていた。
ダリューンに割られて以来布で顔の火傷の跡を覆っていたヒルメスは、それを外して机へと投げた。
纏っていた闇色のマントを外して、カナヤの寝るベッドへと入り込む。
ギッとなる音に起きる様子もないことが分かると、後ろからそっと抱き込むようにして肩へ顔をうずめ、その香りを鼻腔いっぱいに吸い込んだ。
温かな身体から感じる鼓動に、思わず目を閉じる。
毎日感じているケバ立つあらゆる負の感情が、その鼓動毎に少しだけ凪いでいくような気がした。
「俺を、受入れろ、カナヤ」
半ば縋るようにも聞こえた声は、部屋に虚しく響いた。
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前ページ歌詞引用:中谷美紀『エアーポケット』より