第2章 レーゾンデートル
(どこの誰の歌かわからないんだよなぁ。だけど、歌うと心地いいし、周りの空気が変わる気がする)
そしている間、決まって感じるのは暖かさであった。
近くにいるようでいない、不可思議な感覚。
誰かが見守ってくれているような、言葉にし難いものだった。
─夢であなたと待ち合わせた
─誰にもその場所を知られず
─遥か遠く 色褪せた世界
─もう朝なんて 来なければいいのに
見えない誰かへ聴かせるように、少し語るような声でその歌を歌う。
どこか悲壮さを感じる歌も、カナヤにとっては内面を代弁するようで、歌い終わると余計なモノが剥がれ落ちていく感覚を味わっていた。
「朝も昼も夜も、私には関係ないか」
自嘲気味に笑うと、不意に天井を仰いで呟いた。
「…ねぇ、見えない誰かさん。あの時、避けろって言ってくれた気がするんだよね。だから私は助かった。それに、たまに匂うキンモクセイの香り…すごく懐かしい気がして…私がここにいる意味とか…よく、わからないけど」
徐々に瞼が落ちていく。
外は暗闇に包まれて、頼りない月明かりが窓から差し込んでいる。
それに向かって手を伸ばすと、何も無い空間を握るようにしてその手は床に落ちた。
「…生きる意味…ある気が、する。…わたし、会える…かな…独りは、嫌だよ…」
すぅ、と椅子に背をあずけて、微睡みから夢の世界へと引きずり込まれていった。
最後はうわ言のようで、意味がチグハグにも聞こえるが、それは確かに“彼”へと届いていた。
その声に応えるように、窓が開いていない部屋にキンモクセイの香りがよぎる。
カナヤの頬をひとなでする様にして、それは消えていったのだった。
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(…無防備にも程があるな。自分の立場を分かっているのかどうか)
ややして、銀仮面卿─ヒルメスが自室へと帰って来た。
綺麗に食べ終えたらしい、食器をそのままに、カナヤは完全に眠っていたのだった。
「おい」
「…」
ハァ、と溜息が漏れる。
興味本位で白い仮面の黒ずくめの男─尊師から奪い取った娘は、最初こそ抵抗はしたものの、傷の手当(ヒルメスのせいだが)や衣食住を与えて幾日でこの有様なのであった。
かといって、合わせる瞳には信用の欠片もないのだが、カナヤの態度は明らかに軟化していた。
こちらから敵意を見せない限り、今のように完全に無防備なのだ。