第2章 レーゾンデートル
ギーヴは不敵に笑いながら馬の速度を増していく。
彼の自信たるや、それは確かな腕前から来るものでもあった。
軽々しい口調とは裏腹な強さに、ファランギースを始めアルスラーン一行は彼を認め始めていた。
「殿下、ダリューン卿が兵を連れてまいりましょう、ご辛抱下さいまし!」
「うむ!」
(ダリューン、待っておるぞ!)
数で圧倒的に不利なアルスラーン達は、カシャーン城塞からの助けなくしては今を乗り切るのが難しい状況であった。祈るように1度目を瞑ると、角笛の音にすぐさま意識を引き戻す。
「ダリューン!!」
歓喜の声と合わせて、後方のルシタニア兵へと矢の雨が降り注いだ。
高い崖の上には、パルス兵を従えた黒衣の騎士、ダリューンの姿があった。
勇猛果敢、その名を知らぬ兵士はいないであろう。
ルシタニア兵は蜘蛛の子を散らすようにして前線を退いて行った。
パルス国王都、エクバターナより東、大陸航路より少し南に位置したカシャーン城塞へ足を踏み入れる事に成功したアルスラーン達は、更に待ち構える幾多の思惑と対峙する事になる。
城主ホディールより歓迎の宴を開かれて、暫しナビード(葡萄酒)の味に酔いしれるのであった。
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ヒルメスの自室に繋がれて幾日。
カナヤの退屈も限界に達していた。
日に3回程食事を与えられ、風呂に通される以外はまるで何もない。
(生き地獄ってこれかな)
もしゃもしゃと目の前に置かれた食事を平らげていく。こんな状況でも食欲睡眠欲だけは欠かさず訪れる己が恨めしい。
首の枷が非常に邪魔で、何度か外そうと試みたものの、頑丈過ぎてまるで歯が立たなかった。
はぁ、と溜息を吐くと、窓の外を見やる。
「…窓やドアに届かない長さなんだもんなぁ、これ。
鎖につながれた犬の気持ちがよくわかるよ…」
食欲を満たした後には、緩慢に睡魔が訪れる。
それを振り払うように時々歌を歌ってみたりもするが、その声は誰にも届いていないのだろうと思ったからであった。
しかし暇を持て余すと、人間は余計な思考に駆られるらしい。ずっとしまい込んでいた疑念を巡らせて、袋小路に陥っていた。
記憶喪失の自分。僅かに残った記憶。名前と言葉以外を持たない筈の彼女には、時折内より溢れ出る“歌”に癒しを見出していた。
誰もいない場所や時間を選んでは、それを口ずさんでいる。