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キンモクセイ【アルスラーン戦記】※不定期更新

第2章 レーゾンデートル


取り立てて美人でもない、エラムほど雑務をこなせるわけでもない、ましてや剣をふるう姿など想像すらつかなかった。

「…ナルサス様、お聞きしても良いですか」
「カナヤの事か。残念だが全く足跡は掴めていない。…すまんな」
「いえ、そうですか」

エラムを一切見ずにそれだけ言うと、その気配が何か言いたげに佇んだままだ。
分かっているが、振り返ることをしない。
彼を思えば何か言葉をかけるべきなのだろう。だが、確証もない慰めや憶測をボヤいたところで、この賢い少年はそれを見破ってしまうに違いない。
彼女の歌声を利用した時から、こうなってしまわないかと危惧していたのに。
いっそなかった事にならないかなどと、ナルサスはらしくもない願望を過ぎらせてため息をついた。

──────────────


「申し訳ありませんでした、ナルサス様。私は馬の手入れをして参ります」

あいわかったと片手を上げるナルサス様は、やはり私を振り返ることをしなかった。
ナルサス様はカナヤに普通に接してはおられたものの、正直な話何も出来ない彼女を多少なりとも疎ましく思っていたとしても不思議ではなかった。
だが、私が知る限りではそんな冷たい人ではない。
私を、ゴラームを解放してくださった方なのだから。
思う所があっての事なのだろうと、それ以上は聞くことが出来なかった。

(私が目を離さなければ、いや、初めから同行を拒否しておけば良かったのに)

記憶も身寄りもないというカナヤ。
何か彼女自身の出自が分かる糸口にでもなりはしないかと、余計な気を利かせた結果がコレだ。全く笑えもしないし、はっきりいって最悪の事態を招いてしまったと思う。
あの時こうすれば良かった、ああすればはぐれずにすんだ。思うフシは浮かぶが、無理やりそれを振り払った。

(振り返っても、現状は変わらないのだから)

今は彼女の無事をただ、願うしかない。
気掛かりなのは、カナヤを助けたアルスラーン殿下の心情だ。
ひなの刷り込みのように、殿下にくっついて回っていたカナヤを、常に気にかけていたのをよく知っている。
口にはしないものの、目に見えて口数が少なくなってしまったのが分かって、私はまた床を見つめるしかなかった。
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