第2章 レーゾンデートル
「母上がルシタニア王に結婚を迫られている!?」
アルスラーン達が隠れ潜む小さな家に、焦ったような声が木霊した。
先日の潜入調査から戻ったダリューンとナルサスの口からは、信じられない話が飛び出したのだ。
傾城傾国の美貌を持つタハミーネの存在は、彼らのこの先の戦術の幅を狭める要因であることに間違いはない。
しかしアルスラーンにしてみれば、母が敵国の王に奪われてしまうなど考えたくもない事態の筈である。
当然ながら、母を助けたいと願うのも致し方がないというもの。
人の子である彼らにもそれはよくわかる気持ちではあるのだが、ここで感情に任せた行動をしては本末転倒だ。
彼らの大義は、王都奪還にある。
悩み、固く拳をにぎりしめるアルスラーンに、玲瓏な声色で美しい緑の黒髪の女が囁くように話す。
「殿下、お焦りになりますな。お母上はルシタニア人からすれば異教徒ゆえに、簡単に認められるはずもございませぬ」
「ファランギースの言う通りです。結婚を強行すれば聖職者からの反発は必至、王族貴族が絡めば内紛が起こるでしょう」
ナルサスがファランギースに同意して補足する。
アルスラーンも言いたいことは分かってはいるのだが、そわそわして落ち着く様子もない。
ダリューンはそんな彼をいたわしげに見ると、「国王陛下も生きておられるようですからお助けする機会もあるでしょう」と続けた。
そうだな、と一度大きく息を吐いて落ち着かせる。
そうだ、焦ってしくじれば、大義を果たすどころか命すら危ういのだ。
とにかく今は味方が、戦力が欲しい。
そう言えば、つらつらとナルサスの口からやるべきことが挙げられていく。
「王位の正統は血にはよらず、政事の正しさによってのみ保証されるのですから」
最後にそう締めくくって。
意味深なその言い草に、アルスラーンの背後に控えていたエラムはわずかに首を捻った。
確かに今の王位の継承は世襲制だが、それ自体を批判するような話の流れであったか。
アルスラーンに血統を意識させずに、彼の信念を確固たるものにする為にわざわざそう言ったのか。
違和感を感じながらも、ナルサスの言うことに間違いは無いのだからと、その疑問を無理やり拭うのだった。