第2章 レーゾンデートル
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ヒタヒタと迫る闇は、大抵の者の恐怖心を煽るだけであろう。
視覚を奪われるということがどれだけ致命的な事なのか、それは赤ん坊でさえ本能で知り得ていることだ。
ダリューンは自身に襲い来る闇に戦いていた。
ただし物理的な闇ではない。
内面の闇に、である。
(変わった毛色の娘と言った。黒髪に赤い瞳で、前髪に銀糸が差すという娘。それはカナヤではないのか)
あまりにも特徴的なそれは、まさに彼が探さんとしていた人物と瓜二つのようであった。
酒場を離れ、更に情報を探る為にナルサスと2手に別れた後に出会った、不気味な銀仮面の男の口から発せられた言葉に絶句した。
面白いものを拾って気分がいいとまで言い、口を歪めて笑うその様に思わず力が入った。
銀仮面は強かった。
一撃が仮面を割ると、現れたのは半分が醜く焼け爛れた顔。
素顔を晒した屈辱に顔を歪めるも、挑発するように下卑た笑いを向けられて殊更殺意が湧いた。
証拠はない。だが明らかに似通った特徴にそれがカナヤであるとダリューンは一瞬で理解してしまったのだ。
(捕らえられていたのか。しかし、何故)
今更スパイなどとは到底思わなかったが、何故奴がカナヤを捕らえたのかがわからなかった。
(…気に入らない)
その話自体はナルサスが来る前だった故に、彼の新たな懸念の材料とはならなかったのだが、もし耳に入っていれば彼はカナヤがこちらの情報を売った上で捕虜扱いになった、などと考えるかも知れない。
友を悪く言うわけではないが、一行のブレーンである彼の事だ、個人的な感情は伏せてそう判断してもおかしくはなかった。
加えて、今のアルスラーンには味方が更に2人も加わった状態だ。
彼らに一応話してはいるのだが、カナヤの存在の不自然さに疑いを持つのも当然のことで、出来ることなら捕らえられている事実は伏せておきたかった。
(これではまるでカナヤの身を案ずるフリをしているだけだな、優先順位は殿下であることに変わりはない)
紛れもない事実に歯痒さを感じる。
しかし、彼にとっては只の助けた命という訳ではないのだ。
本当ならば、今すぐ助けに行きたい。
叶わぬ思いはダリューンの闇を、更に蝕んでいくようだった。
見いだせないチャンスをひたすら待つしかない。
彼は歯噛みすると、その拳を握りしめた。