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キンモクセイ【アルスラーン戦記】※不定期更新

第1章 その香りの先に


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冷たい空気が容赦なく体温を奪っていく。
後ろ手に縛られた布をなんとか外そうとするも全く緩む様子もなく、擦れて皮がめくれたそこは血で滲んでいた。
同じように塞がれた口元はなんとかずらしたものの、轡のようになってしまい益々不快さが増してしまった。

(ああもう腹が立つ、動けないのをいい事に引きずるから)

所々擦り剥けた肌がヒリヒリと痛むが、寒さがそれを幾分か和らげてはいた。
芋虫のように這いながら壁際まで来ると、そこを背にしてなんとか上半身を起こした。
首の枷がジャラと存在を主張する。
その部屋は銀仮面の自室らしかった。
大人しくしていろと足にまで枷がはめられ、投げ込まれてしばらくは届く範囲の机や椅子だのを蹴って回ったのだが、直ぐに体力の限界が来てしまった。
自己主張して外に存在を知らせたとて、状況を見るに敵ばかりだろう。そう思い直して大人しくしてはいたのだが。

ガチャ、とドアが開く音がする。

「大人しくしていろとは言ったが、そうもいかなかったか」

闇に響く声に思わず身震いする。
散々暴れた部屋は散乱しており、しかしそれに怒りを見せるわけでもなくカナヤの方につかつかと歩み寄ると、その顎をグイと己へと無理矢理向けた。

「…!」

月明かりに照らされた銀仮面の顔の半分が、火傷によって酷く爛れていた。
もう半分の精悍な顔からは想像出来ぬくらいに酷いものであったが、カナヤは顔色を変えずにギ、と睨みつける。

「…この顔を見ても眉一つ動かさぬか、やはり面白いなお前は」

そう言いながら轡の布を解く。
ふいに香った匂に、まるでこの闇のようだとカナヤは思った。

「…名は」
「……カナヤ」

そうか、と満足げに片側の口角を上げる顔に、カナヤは訝しげな瞳を向ける。

「俺はヒルメス、このパルス国の正当なるシャーオ(国王)だ」
(正当?この人が?アルスラーンが王子なのに何を言ってるんだ)

詳細を知らぬカナヤは顔をしかめるが、銀仮面─ヒルメスは気に止める様子もない。
もとよりアルスラーン達のことを話すつもりもない分、わざわざ弱味を握られるような事もするまい。
直ぐに真顔に戻すと、一番気になっていた事を口にした。
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