第1章 その香りの先に
焼かれてゆく宝の山を背にその場を離れた2人は、迷路のように入り組んだ下町を歩いていた。
彼らの目的といえば、アンドラゴラス王とタハミーネ王妃の情報を集めることである。
あわよくばカナヤを見つけることが出来ないだろうか。ナルサスに提案こそしないものの、ダリューンの頭の片隅にはそれがずっと主張していた。
宵闇に紛れるように黒いマントを羽織った彼は、我が物顔で傍若無人をはたらくルシタニア兵を忌々しげに睨みつける。
「覚悟はしていたが、こうして直に見ると負けたことを痛感するな」
下品な笑い声を上げながら酒を煽る様は実に見苦しい。
勝利の美酒に酔いしれる彼らを切ってしまいたい衝動に狩られる。
だがそんな本心を押し殺して、王都奪還の策をナルサスに問うた。
「そうだな、王子の名で、パルス全土のゴラームを解放しかつ奴隷制度全廃を約束する。そのうちの1割が武器を取っても五十万からの大軍を編成出来るな。この場合は自給自足前提の話だが」
1割とすれば少なく聞こえるものだが、それが五十万ともなると、パルス国がいかに大国であるかよくわかるというもの。そんな国を陥落せしめたルシタニアが歓喜で踊り狂うのも、ある意味頷けてしまうというものだ。
ナルサスは但し、と区切ると、ゴラームを所有する領主や貴族は味方にはならないだろうと続ける。
「ナルサス、お前はダイラムの領主でありながら、ゴラーム解放と領地返上までしたではないか」
「ふん、俺は変わり者だからな」
本人も変わり者は自負しているらしい。だがその表情はどこか誇らしげにも見えた。
その後直ぐに視線を落とし、振り返る様に呟く。
「ゴラーム解放で全てよしとはいかない。そのあとのほうが大変でな…机の前で空想しているわけにはいかぬ」
彼自身の経験や後悔であろうか、いつもの彼からは到底見られない苦虫を噛み潰したような顔に、ダリューンはただ静かに見守るだけであった。
さて、と気を取り直すかのように頭を振ると、辺りの建物を見渡す。
夜の街でひときわ賑わうのは、やはり酒場や娼婦が売られる場所だ。そこで飛び交う情報の真偽は別としても、彼からが欲するものの足掛かりにはなり得るかもしれない。
そんな一画に足を踏み入れながらダリューンが思い出すのは、今宵の上弦の月のように白い肌と蠱惑的な赤い瞳を持つ娘のことであった。
(カナヤ…)