第1章 その香りの先に
脳裏によぎるのは、先ほど目にした兵達の死に様。
ああ、やはり現実なのだな。
まざまざと改めて思い知らされたようで、手綱を握る自分の両手に力が入る。
知らず背を丸めると、見かねたように声が掛かる。
「今日のところはもうどうしようもございません。後日国王陛下とともに復讐戦を挑み、仇を討ちましょう」
スッと息を吸う音が聞こえると、力を込めてきっぱりと言い切る。
「今は、生きてこそ・・・でございます」
「ダリューン・・・」
そうかもしれない。
どことも知らぬ娘まで助けておきながら、このまま落ち込んでいても仕方がない。
「そうだな、何よりその娘も無事に生きてもらわねば助けた意味も無いというものよな」
自分自身に言い聞かせるようにそう答えると、ダリューンは僅かに笑みをこぼしたように見えた。
「さあ、目的地ははっきりしているのです、いきますぞ殿下」
「・・・ああ!」
この先に進めば、何かが変わっていくような気がする。
やや確信めいたものを感じながら、未だ目を覚まさない娘を私は静かに見つめた。
(何か数奇な運命のようなものを感じる。この娘は一体何者なのだろう)
少しづつ日は傾いていく。
スンと鼻先を掠めた甘い匂いに、私は周囲を見渡した。
「・・・花のにおい?」
「殿下?ああ、なんだか甘い匂いがしますね」
ダリューンは警戒したように蹄を一度カッと鳴らして止まると、程なくしてあの匂いはすぐに掻き消えてしまったのだった。
思案顔で周囲を見渡すと、先を急ぎましょうと再び馬を進める。
彼らが通りすぎた後にかすかに残るのは、キンモクセイの香り。
そこだけ景色が一瞬揺らいだようになると、透き通るような声が響いた。
────カナヤ、ああ、拾ってもらえたんだね、ならとりあえずは安心だ────
────僕はまだ、手出しが出来ないからこうするしか出来ないんだけど・・・君の無事を祈っているよ────
僅かに吹いた風に乗った声は、誰の耳に届くこともなく掻き消えた。