第1章 その香りの先に
伺うようにダリューンを見ると、やれやれとでも言いたげに肩を竦めてみせた。
「・・・殿下ならそうおっしゃると思っておりました。私が抱えて行きましょう」
どこかホッとしたようなその顔に、私は胸をなでおろす。
状況が状況なだけに誰かを助けるような余裕も本当は無いはずなのだが、私のわがままを聞き入れてくれた彼にありがとう、とだけ言った。
馬を走らせて少し。辿り着いた川でつかの間の休憩を取ることにする。ダリューンが血で汚れた娘の顔をやや乱暴に手ぬぐいで拭いていた。
「全く起きる気配がないな」
「・・・少し力が強かったのではないか?娘の頬が赤くなっているぞ」
私の言うことが耳に届いているのかいないのか、なおも拭き続けながら眉間に皺を寄せている。
それもそうだろう、これからナルサスの元へ頼りに行くのだ。
どこの誰ともわからぬ気絶したままの娘連れで受け入れてくれるかどうか、気にかけているのかもしれない。
私もバシャバシャと川の水で顔と返り血を洗い流す。
髪についた血だけは中々取れそうにもなかった。
そうする合間も周囲の警戒を怠らぬダリューンは、霧に霞んで見える城壁を黙って見つめていた。
「ダリューン、ナルサスはいつぞやおぬしが言っていた、ひねくれ者の友か?」
「はい、元ダイラムの領主でございました」
娘を抱え直すと私に目線をくれながら答える。
父上によって宮廷を追放されたというナルサス。
会ってもらえるのだろうか・・・
このような状態でしかも、どこの娘とも知らぬ者を拾い上げた私を果たして受け入れてくれるのだろうか。
「・・・王の息子の私に・・・会ってくれるだろうか・・・」
「・・・」
「どこの誰とも知れぬ者まで連れた私を、甘い、と追い返しはしないのだろうか」
ふ・・・と表情をゆるめたダリューンは
「そこはそれ、幸いというのも妙ですが、殿下と私はこの有様」
そこで言葉を区切って前を向いて言う。
「ひねくれ者故、我々惨めな敗残者を拒みはしません」
「惨めな・・・敗残者・・・」