第1章 その香りの先に
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ルシタニアによって陥落したパルス国エクバターナでは、イアルダボート教の大司教ボダンによって、大規模な書物の焼き払いが行われていた。
歴史書のみならず、医学書からなにからまで見境なく火の中にくべられており、それに異をとなえた自国の兵士までたたき落とす、なんとも残虐非道な焼き払いであった。
ルシタニア国の王、イノケンティス七世をいただき、イアルダボート神を信仰することを是とした国政。
当の国王は非常に信仰心が厚い反面、治世には全く関心がなく寧ろ疎んでいるようで、専らその役割を果たすのは弟のギスカールであった。
焼き払いが行われている場所に、イノケンティスのみならずギスカールもいるわけなのだが、同席させたのには訳がある。
エクバターナを陥落した際、王妃タハミーネを捕らえたのだが、あろうことかイノケンティスが一目惚れした上妃に娶ると言い出したのである。
ボダンからすれば、イアルダボート神以外を信仰していた者が妃になるなど言語道断。
ギスカールにしても関わってきた男をことごとく貶めてきたいわく付きの女が妃になるなど、なにより今後の治世にも悪影響しか見えぬ事に不快感しか抱けていなかった。
いわゆる見せしめのようにして、タハミーネを娶ろうとするイノケンティスを牽制したくもあったのだ。
書物の焼けるにおいに混ざって、人肉の焼ける異臭が混じる。
思わず鼻を塞いだイノケンティスの顔色は悪かった。
もうもうと立ち込める煙の奥に、その様子を見つめる白と黒のマントの2人がいた。
ナルサスとダリューンである。
「財貨を奪い尽くすのみならず、文化まで焼くか」
「蛮人どころか猿の所業だな」
チ、と憎々しげにフードからその目を覗かせて、踊り喚くボダンを睨みつける。
「…ダリューン、国王と王弟はまかせる。俺にあのボダンとかいう男を殺させろ」
「…よかろう」
炎に照らされたナルサスの目は、発せられた言葉とは裏腹に静かであった。
(…どこにいるんだカナヤ。果たして無事なのか)
男ばかりの一行に明るさが差すような存在であったカナヤ。だが、今はその姿はない。
エラムとカナヤ2人を潜入させたが、帰ってきたのは彼だけで、ドサクサに紛れてはぐれてしまったらしい。
随分な落ち込み用の彼に、しかしナルサスはそれ以上責めはしなかった。