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キンモクセイ【アルスラーン戦記】※不定期更新

第1章 その香りの先に


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そう、これはほんの遊びだ。

この俺が珍しく何かに興味を持つなど…どうかしている。自嘲気味に口を歪ませると、その娘を繋いだ鎖を乱暴に引っ張った。また睨まれる。
…ああ、この目だ。この強い視線を向けられると、己の内の加虐心がふつふつと滾るのを自覚せずにはいられない。
どこの誰ともわからぬ名前すらわからぬこの娘。
気に入らない…あくまでも反抗的な色を宿した瞳に、憎悪にも似た感情さえ感じていた。

蛇王ザッハーク。
パルスではその名を知らぬものはいないというくらいに昔から語り継がれてきた、魔王の名だ。
古の時代に悪虐の限りを尽くし、両肩に黒い2匹の蛇を生やした異形の王。
聖賢王ジャムシードを鋸で切り殺し、その肉片を海にばら撒いたという。
あらゆる富や権力を奪い取ったザッハークはその在位中、蛇の餌にと貴族(ワズルガーン)と奴隷(ゴラーム)の区別なく、毎日2人の人間の脳を捧げたのだと言う。全く、酷いおとぎ話もあったモノだと鼻であしらうだけなのだが。
そして、魔王の瞳は赤い両眼だったという。この娘の両眼も、光の当たり具合によっては赤くはみえるが、ザッハークのような魔物じみたものではない。

あくまでも宿るのは、強い意志。

だから、知りたくなったのだ。
この娘が何なのかを。

なにより、この男がわざわざ連れてきたというのも解せぬ要因だ。ただ単に面白いからとそれだけの理由の訳もなかろう。
なら、このような場所に居させずに手元に置いて遊ぶというのも、また一興。

そう、ただの気まぐれに過ぎぬ。


「…これは、いつもの礼だ」

無造作に金貨(デーナール)の入った牛革の袋を投げると、娘を引きずるようにしてその部屋をあとにする。
暴れたりされると面倒なので、手近な布で口を封じて両手をキツめに縛り上げておいた。
背後から突き刺すような視線を感じつつも、何故かそれが面白くてつい声をククと漏らす。

「娘、お前、名は?…そうか、口が聞けぬのだったな」

態とらしくそう言うと、振り返って様子を確認する。

…そうだ、その目だ。
その目で俺を見ればいい。俺の中に滾る憎悪の念を刺激するようなその赤い瞳が、たまらなくゾクゾクとさせる。
どう遊んでやろうか、月夜に青白く染まる娘の顔を見て俺ほくそ笑んだ。

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