第1章 その香りの先に
カナヤの目線まで腰を下げて、銀仮面卿はじ、と見つめてくる。居心地が悪い。
意識がそちらにいっている間に、カナヤの首にはジャラと音が鳴った。
「あっ、これっ、首輪…うわぁ」
顔面蒼白、冷や汗しか出てこない。
己の首から連なる鎖の先を目で追って絶望するしかなく。
なぜなら、銀仮面卿の手にしっかりと鎖が握られていたのだから。
「クックッ、銀仮面卿、よもやそのような趣味がおありとは…」
「茶化すな。逃がさぬ為だ」
冗談じゃない。なんでこうなった。
蒼い顔のまま歯を食いしばって、目の前の2人を穴があかんばかりに睨みつける。抵抗が無駄だとは分かっていながら、それでもそうせずにはいられなかった。
屈しないぞと、その意志をぶつける為に。
そんなカナヤの視線なぞ気にもとめず、おお、もう一つ言わなければならないことが、と白い仮面が銀仮面卿を一瞥する。
「どうやら銀仮面卿、おぬしに敵対する者が近づいて来ておるようだぞ」
「アンドラゴラスのこせがれか」
「そこまではわからぬよ、なんせ力を使いすぎたからの。しかし近しい者のようだ」
近しい者。アルスラーンに近しい者とは。
夢で聞こえた声を思い出し、俄に蘇るのはあの人達の顔。
アルスラーンは優しいから心配してくれているだろうか。エラムは許可した手前、ナルサスに責められてはいないだろうか、何だかんだで気にかけてくれていたから。
ナルサスは怒りそうだ、謝れば沢山説教されるだろう。
ダリューン、あの人は怒るだろうかホッとして許してくれるだろうか、どちらなのだろう。
不意に、ダリューンの不器用でさりげない優しさを思い出して、目頭が熱くなる。
逞しい腕や触れられた指先が思い起こされ、カナヤは思わず身震いした。
(あの人たちを、私は信頼しているんだ)
今しがたまで弱気になっていた気持ちを奮い立たせる。そうだ、あの人たちは私を見捨てるような事はしない。たった数日いるだけなのに、その気持ちには確信が持てた。
「…まあいい、何が来ようとも退けるのみだ」
不敵な口調にハッとした。
自分が置かれている立場と、彼らが来るのであればどうやって合流を果たしたらいいのだろうと、ここからが正念場だった。
(今は大人しくしていないとだめだな、ここがどこでどうなっているかわからないし)