第1章 その香りの先に
(…これじゃどっちが蛇だかわかんないよ)
蛇に睨まれた蛙の様相。
鋭く射竦められたカナヤは視線を逸らすことが出来ない。
この瞳にのまれてはダメだ。諦めたらダメだとあの声は言っていたじゃないか。
ならばと、キッとその瞳を睨み返す。
銀仮面卿の奥に揺らめく炎が、カナヤの瞳を照らし出す。
赤く燃える夕日のように、血にも似た深い紅に、何故か銀仮面卿は目を見開くと、ゴクリと喉を鳴らした。
漆黒の髪に一箇所だけ混ざる白銀の前髪。
陶器のようにも見える白い肌。
何よりその強い瞳が、銀仮面卿の心に何かを感じさせていた。
「俺の嫌いな炎の色だ…だが、美しい」
「…は?」
何を言い出すんだコイツは。
カナヤは眉根を寄せて奇異なものを見るような目で銀仮面卿を見上げている。
(美しいだって?この目が?嫌いだどうのって言ってるのに矛盾してないか。というより)
「私はお前みたいなのが嫌いだ。痛いからその汚い手を離せ!」
カナヤは力いっぱい凄んでいるつもりなのだが、銀仮面卿からすれば、こんな細い肩の華奢な少年に凄まれた位は屁でもない。
思わずククッと笑うと、ますますその手に力を込めて言い放つ。
「汚い、か。野ねずみのように小汚い餓鬼に言われるとはな」
「いっ…た、力こめる、な、折れる…!」
「そのへんにしたらどうだ。餓鬼は餓鬼でも雌だ、使い道はあろうて」
「…雌?」
雌。
言い方も気に食わないが、銀仮面卿の反応もいただけない。いや、男装してるからそうかもしれないが。
「いや、反応するところが違うって」
文句をたれながら、離された両肩を擦るようにしてなおも睨み続ける。
痛めつけられ、あまつさえ男と本気で思われていたという侮辱。
最早逃げる気力も失せて、その場にへたり込んでしまったのだった。
「最悪な日だ…」
「そうか、最悪な日か。最悪ついでに言ってやろう。お前を今日から飼ってやる。俺が飽きるまでだが、な」
ますます意味がわからないことになっていき、カナヤは思わず頭を抱えてしまう。
何を飼うのか、私か?いや、メリットもないし飼ってどうするのだ、或いは慰みものにでもするつもりなのか。
どっちにしてもいい方向には転びそうもない。