第1章 その香りの先に
─カナヤ、ダメだ諦めたら。君には生きる、生きなければならない理由があるんだ。
(何を、理由ってなに?)
─聞いて、時間が無いんだ。僕はまだ君を助けられるほど回復出来ていない。いいかい、諦めは本当に君自身を殺してしまう、心身ともに。だから信じて。一度でも彼らを信じられると思ったのなら諦めたらダメだ。
(かれ、ら)
─そう。今はそれだけでいい。僕は君の強さを信じてるよ、『今まで』の君と『今』の君は変わらない。僕は知っているから。だから……
「う…」
霞がかった意識が引き戻されて行く。
夢か現か、頭に残った懐かしい声に不意に熱いものが込み上げてくる。
懐かしいのに思い出せない。未だに記憶に厚い蓋がされているのか、感覚だけでしかそれを捉えられなくて歯がゆくてたまらない。
徐々に意識がはっきりしてくる目に映ったのは、白く厚い仮面が己をのぞき込む姿だった。
「─ッ!」
思わず息を呑む。
ツン、と不快な臭いが鼻をつき思わず顔をしかめた。
なんだコイツは。ひどく禍々しい雰囲気を纏うその存在に、恐れとは違う何かを感じ取る。
気持ち悪い、言葉にするならそれが妥当であった。
「おお、そう怯えずとも良い。なに、倒れておったおぬしを拾い上げただけだ」
「…誰だ、あんた。あんたからは嫌なモノしか感じない。なぜ、私を拾った」
石で組まれたさほど広くはない部屋には、いかにも、といえる物が所狭しと並んでいた。
何かの生物であろう瓶詰め、カラカラに干からびたコウモリのようなもの、大きめの甕がいくつも並んでおり、まるで実験でもしているかのようだった。
「命の恩人に対してひどい言い草だのう」
「頼んでない。とりあえずここから出せ」
カナヤの瞳は明らかにその異形の者を敵対視しており、部屋に据えられた橙の炎がその色を映えさせる。
火のように赤く、血のようにも見えるカナヤの瞳に、しわがれた声が嬉しそうにくつくつと笑った。
「面白い、面白いのう、まっことザッハーク様を彷彿とさせるその瞳、偶然とも思えまいて」
(ザッハーク?なんだそれは)
もとより無駄な会話をする気がないカナヤは、助けたにしては扱いが雑で、床に転がされて冷えた身体をぐ、と持ち上げる。
「御託はいい、私はもう行く」