第1章 その香りの先に
「はぁ、はぁ……あーもぅつっかれたー!あんなのに引っかかる娘で良かったよ本当に…」
息も絶え絶え、苦し紛れの策がどうにかなってホッとしたのも束の間、全力で走ってきたカナヤは周囲を見渡して顔色を変える。
「やばい、迷子だ」
360度見渡すも入り組んだ家々ばかりで、先程の大通りが見当たらない。
おまけに先程目にした兵士みたいなのが数人うろついていたのだ。
家人の物を足蹴にして荒し、怯える人には小馬鹿にしたような笑いを飛ばす。
「…嫌なヤツ、親の顔が見てみたいよ」
そう呟いた声が届いてしまったらしい、1人の兵士が威嚇しながら歩み寄ってきた。
「小僧、俺達が誰かわかっていてそんな口をきいてるのか、あぁん!?」
「抵抗出来ない人間相手にやりたい放題だね、ロクでもない躾しかされて来なかったんだなって同情したんだよ」
「お前、バカにしてんのか」
カナヤの挑発に、こめかみに青筋を立てるパルス兵。腰に携えたその剣に手が伸びる。
「ほら、そうやって丸腰の相手にも脅しをかけようとするでしょ?そういうのがお里がしれてるって言うんだよ」
本人も驚くほどいけしゃあしゃあと、聞いた者の怒りを煽る言葉が出るわ出るわ…カナヤは顔色も変えず、至って余裕そうに振る舞うのだが、内心パニックを起こしているのだ。
(まずいまずいって、なんでこんな事に!!)
「ほぉう、お前死にたいらしいな、望み通り剣のサビにしてやるよ!」
「!!」
先程も言った通り丸腰のカナヤ。
身を守る術どころか、全く何も分からない場所で一人で立っているのだ。
目の前のパルス兵が、スローモーションで自分に襲いかかる姿が映る。
どうしよう。
動けない足をすくうように、ふわっと風が通る。
─カナヤ、左に避けて背をかがめるんだ!
キンモクセイの匂いが花を掠める。
自分の体がその声に素直に従い、一撃をかわす。
目標を失った剣が石床を強かに叩くと、パルス兵が体制を崩した。
カナヤは避けた力を使い、振り向いた先に見えた背中に向かって、勢い良く右肘を打ち付ける。
「かっ……」
パルス兵の声にならない苦悶の表情、背骨にマトモに入ったらしい。
自身も衝撃で痺れる腕をさすりながら逃げ道をさがしていると、ハリのある声が響いた。
「おい、そこで何をしているッ!」