第1章 その香りの先に
そして一番気にいらないのが、このパルス兵、先程からエラムにぴったり密着どころか手が腰や肩に回されて気持ち悪いことこの上ない。
女装する事でこういう馬鹿な輩から情報を聞き出すのも作戦の内ではあったが、こうもベタベタとされてはその先の展開も容易に想像がつくというもの。
案の定というか、なんとか会話でやり過ごすつもりのエラムは強引に人混みから連れ出されてしまう。
「俺はカーラーン様の部下なんだ、なんでも話してやるよ、奥で仲良くしよう」
「あっ、やめてください、離して」
僅かな抵抗が支配欲を更に煽る。
遠目ではあったが、この娘はアタリだ。
若々しい肌と深緑を思わせる瞳、日に当たるとやや茶色みを帯びるその髪が、光の輪を作って艶を増す。
思わずにやけながら喧騒から遠のき、完全に人目につかない家屋の裏に回ると、
ズッ
喉に感じた焼ける痛みに、一瞬目を見開く。
最期に目に映ったのは、先程から口説いていた娘がその手に持つ、己の血にまみれた短剣(アキナケス)だった。
「─ああ、気色悪い」
少女のフリをしていたエラムから地声が漏れる。
人が来ては面倒だと、わきにあった小路へと姿を翻すなり、あ、と間抜けな声を出した。
「…彼女の事を忘れていた」
「…あれ、エラムは?」
キョロキョロと周囲を見渡すも、その姿は見当たらない。なんだかやたら兵士に絡まれていたのはわかってはいたのだが、先程助けた女から非常に感謝されてしまい、質問攻めにあっていたカナヤなのだった。
どこから来たのか、その辺りは曖昧に濁したのだが(なんて答えたらいいか分からないし)、その後は「好きな食べ物は?私は○※×が好きで得意料理なんです、あ、好きな女性のタイプとか聞いてもいいですかぁ?」と腕を離して貰えずじまいだったのだ。
(…こりゃあ完全に男に間違われてるなぁ…めんどくさい)
その淑やかな外見に反して押しが強い女にタジタジなカナヤ。
声も低いほうだし、自分の背丈がここいらの女より高めなのは分かったのだが。一体何が琴線に触れたのだろう、全く女ってのはよくわからない…本人の性別は棚に上げて悩んでしまっていた。
「あっ、あっちにイケメンが!」
「えっ!?」
行き詰まったカナヤは咄嗟にそう言うと、女はそちらへ視線を移した。その隙に脱兎の如くその場を後にしたのだった…