第1章 その香りの先に
「おい、道を開けろ!こら退かないか!」
威嚇するような男の声が聞こえてくると、賑わっていたバザールの人々がざぁと退いた。
邪魔だと押し退けられるようにしてよろめいた隣の女を慌ててカナヤが支える。
「全く乱暴だねぇ、女の人に失礼過ぎるよ」
よく見ればカナヤより背丈が低めな女だった。歳が近くも見えて少し親近感が湧き、思わず大丈夫だった?と笑顔で立たせると、その人は目に見えて顔が真っ赤になる。
「あ、だっ、大丈夫です!ありがとうございます…」
そう言うと恥ずかしそうに顔を隠してしまったのだった。
後ろにカナヤを隠しながらも握られていた手が離れて、エラムはやや不機嫌になっていた。変な感じだ、そう思いながら左手をぎゅっと握りながらも、周りへの警戒は怠らない。
目の前の隊列はパルス兵のものであった。
城門に向かって進むそれの中に、この騎馬部隊の長であろう者の姿がエラムの目に入る。
(…数が多いな。5百、7百…いやもっといるか)
遠目が利くらしい、騎馬部隊の奥を少し覗きながら思案する。
と、目の前にひときわ目を引く甲冑を着込んだ男が横切った。鋭いその目はまるで見るものを射抜くような力を宿しているよう。
ジ…と過ぎ去る横顔を黙って見つめていた。
「そこの娘、どうした不安そうな顔をして」
「え、あ、はいっ」
いつの間に来ていたのか、横にぴったりつくようにパルス兵が1人、エラムにそう話しかけてきた。
「あの隊列は何事かと思いまして」
「あれはお前、万騎長(マルズバーン)、今度大将軍(エーラーン)になられたカーラーン様の部隊さ」
(あいつか、ナルサス様のところへ無礼な部下を寄越した男)
このパルス兵がカーラーンをすごいと思っていようが関係ない。エラムはこの男の言いようも気に入らなかったのだが、どうやらペラペラと話てくれそうな奴だと、先程の不機嫌さを出さぬように話を続けることにした。
どうもアルスラーンを捕らえるための部隊らしい。
こちらの少人数に対して、派兵される数がいささか多すぎるようにも思えるのだが。
カーラーンという男は慎重らしい、面倒だな、と眉根をよせる。