第1章 その香りの先に
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「・・・?」
「どうされました殿下?」
「いや、なにか聞こえた気がしたのだが・・・」
ダリューンの友だというナルサスの元へ向かうことにした矢先、不意に気配のようなものを感じた。
(・・・声?いや、なんだか違うがこれは)
「すまぬダリューン、生きているものがいるやもしれぬ!」
「あっ、殿下お一人で勝手に行動されては・・・!!」
言い切らぬままシャブラングの手綱を引き、その気配がする方へと掛ける。
自分でも何を言っているのかわからないが、それが敵であるルシタニアのものではない気がした。
もっと違う、なにかこう・・・
霧が一向に晴れる様子もなく、私はもはや勘のようなもので動いていた。後ろからダリューンの声がする。
後で色々言われそうだな、そんなことを考えてはたとシャブラングの足を止めさせた。
「・・・っ」
そこだけなぜか霧が綺麗に晴れており、景色が切り取られたかのような光景だった。
パルス兵の死体の上に重なっていたのは、一人の娘。
陽光が照らして、まるでここだよ、と言うかのようにくっきりと浮かび上がっていた。
霧で濡れた漆黒の髪に、光が輪を作っている。
少し青白くなった顔。
長いまつげに縁取られた目元では、涙が光っていた。
「殿下!!お一人では危のうございます!何かあればこのダリューンがいきますゆ・・・」
言い終わらぬうちにこの異様な光景に気付いたのだろう。
馬から降りたダリューンは、シャブラングから降りた私を片手で制止しながら娘の元へと歩みを進める。
なんといってもここは戦場なのだ、周囲も警戒しながら近づくと、娘の顔にかかった漆黒の髪を払いながらじっと見つめていた。
「息はあるようです」
「・・・そうか、怪我の具合は?」
「様子から察するに大したことはないでしょう、どうやら返り血を浴びているだけのようです」
その言葉にホッと息をついた私は、その娘の妙ないでたちに気づき首を傾げる。
「見たことのない服だな、この辺りの者ではないな」
同じことを思っていたのだろう、ダリューンは独り言のように呟いた。
「そのようだな。しかし、生きているのならこのままここでほうっておくのは忍びない。・・どうだろう、安全とわかるところまで一緒に連れて行ってやってはくれぬか?」