第1章 その香りの先に
言いたいことはわからないでもない。だが…と口を開きかけたダリューンを制して、エラムは同行を許可するように申し出たのだ。
「どういう風の吹き回しかな?エラム」
「今回私は変装して行こうと思っています。潜入とはいえ、危険な事にはそうならないと思いますし、1人くらいは私にだって守れるかと思いましたので」
スラスラとそれも当然のようにそう言うエラムに、カナヤの方が目を丸くする。
「…なんですか、鳩が豆鉄砲を食らったようなその顔は」
「いえ、同行許可感謝致します」
許可してはいないのだがな、とナルサスはため息をつくが、普段他人とある程度距離を置くエラムの変化に少しばかり安心したのも、また事実。
エラムの指示に必ず従うこと。
これを絶対条件にカナヤは同行となったのだった。
「デートだねぇ、デート」
「…遠慮も緊張感の欠片もないですね。図太い神経のようで感心します」
「褒められた」
「褒めてません」
偵察のやりやすさを考慮したエラムは女装し、カナヤは男装のまま徒歩でバザールまでの道中、そういったやり取りを続けていた。
いやはや、見事な女装にカナヤも感動して「嫁にもらいたい」なんて抜かすものだから、ダリューンもナルサスもアルスラーンも笑いをこらえるのに必死の形相であった。
出発前のそんな会話を思い出してにやけてしまう。
エラムは一言釘を刺しておいてやろうとしたのだが、カナヤの視界の先がにわかに活気づいたものとなり、思わず感嘆の声をあげたので不発に終わった。
「わぁ、結構賑やかなんだねぇ!」
「あんまり大声出さないで下さい、あ、離れないで!」
無意識に歩調を早めたカナヤの右手をパッと取ると、エラムは少しバツが悪そうにするが、その手は離れない。
「…離したら、迷子になりそうですから」
プイと横を向いた耳が赤らんでいるのに気が付き、なんだかんだで面倒見がいい彼の優しさがカナヤには嬉しいのだ。
少しの間を置いてその手を握り返すと、そうだね、迷子になるからねと喜色満面に笑うのだった。
(全く、どうかしている)
らしくもないと思いながらもエラムもまんざらではないらしい。ゆるく表情を崩して返した。
路肩に並ぶ店を見ていると、ふいに周囲がざわめきだす。
エラムはあたりを見渡してカナヤを背に隠した。