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キンモクセイ【アルスラーン戦記】※不定期更新

第1章 その香りの先に


日が落ちて数刻。
一応の乗馬の手ほどきも受けたカナヤは、ダリューンより出発前にひとことだけ、と真剣な眼差しで告げられた。

「これより、カーラーンの部下の包囲網を突破するが、何よりカナヤはソキウスを信じて手綱を決して離さないように。後方にはナルサスもいる。殿下の後ろを絶対に離れないように」
「うん、わかった」

兜と鎧をきっちり着込んだダリューンは、正に黒衣の騎士だ。
兜から覗く琥珀の瞳がその精悍な顔つきとは裏腹に、安心しろ、と言われているようで、カナヤは少しだけ微笑んだ。

「あまり緊張しなくてもいい。我々…俺を信じろ」

クシャクシャと頭を撫ぜながらそういうと、最後に頬をスッと触れてその手は離れた。

ソキウスに跨り、アルスラーンの後ろに付いていく。

敵の虚を突いた作戦は実に面白いほどすんなりいった。
突如として現れた黒衣の騎士に慌てる兵たち。
敷かれていた包囲網のあらゆるものを派手に音を立ててなぎ倒していく様は、ナルサスの知略に掛かった愚かなカーラーンの部下たちへの当てつけのようにも見えた。

(まあ無理もないか)

かわいそうに。心にもない呟きをひとりごちて後へと続くと、ナルサスが捨て台詞を吐いたのだった。

「いやぁ、長いこと山中にいて暦が分からなかったらしい。日にちを間違えた」

白々しくそういうと、さらば!と山を掛け降りていく後ろで、ナルサスへの恨み言や罵声が遠のいていく。
いっそ清々しくさえある突破劇に、ナルサスはそんな敵の怨嗟の声もどこ吹く風とばかりに、にこやかであった。

「上司に絞られるんだろうなぁ、かわいそうじゃないけど同情する」
「似たようなもんでしょう」
「ははっ、カナヤは優しいのだな」

無事に包囲網の突破と相成った中で、ふとアルスラーンが悩まし気な顔をする。
彼の胸に去来するのは、パルス国の兵や民たち、そして父であるアンドラゴラスの安否であった。
つい数日前まで栄華を極め、無敗を誇っていた大国の無惨な敗戦に胸を痛める他なく、ひたすらに王都エクバターナの無事を祈るのみであった。

(悩んでいるのが分かっていても、何も出来ないんだよなぁ…一時の慰めなんて寧ろ逆効果だろうし)

ソキウスの手綱を握る手に僅かにだが力がこもる。
助けられてばかりで何も出来ない自分自身を、悔しいと思わずにはいられなかった。
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