第1章 その香りの先に
「あれ?明日の夜に出発するんじゃなかったですっけ?」
「…ふむ、今日だか明日だか、暦が確認できれば良いのですがな。とにかく、今夜奴らの包囲網を突破します」
おかしい。話の内容からして、14日の夜に出発するという話ではなかったのか。
いくら記憶がないとはいえ、ここ数日のしかも直近の話を聞き違えるわけもない。
首をかしげてナルサスの真意を計りかねていると、それを話していた情景を思い出す。
「ああ、うん、なるほど14日だね!」
合点がいったらしい、人差し指を立ててウンウンと頷いている。
そういえば、山を下る話し合いの場所がやけに洞窟入口に近い気がしていたのだ。
外敵に悟られぬようにして作った洞窟。
わざわざ外に漏れる危険までおかして話した理由。
ふと、その話し合いの直前にしていた己の行動に気づいて、カナヤは赤面した。
「あれ、分かってて最後まで見てたんですか!?外に聞こえてしまうのを利用しましたね!?」
「ふん、中々聡い方だ。その通りですよ、私はあなたの歌声を利用して、わざと外部の人間にこちらに関心を向けさせ、偽の情報を流したのです」
「う…私が悪いんだけど。ナルサスさんは人が悪いです」
「褒め言葉として受け取っておきますよ、カナヤ殿」
カナヤのそんな態度や言い草に全く動じる気配もない。これが大人の余裕ってやつか。悔しいが、やはりナルサスは知恵者というしかない。
…大人、大人か。
「あの、ナルサスさんにダリューンさん。多分私の方が年下ですよね?なんで敬語なんですか?」
ナルサスとダリューンは顔を見合わせて不思議な顔をする。
「女性の方に初対面から無礼な話し方も考えものですし、何よりあなたの素性はわからないですが…身なりや雰囲気があなたが大切にされていたように思えたもので」
ナルサスが曖昧ながらも見解を述べ、しかしその内容に釈然としないカナヤは、なら、と話を寸断する。
「素性がわからない私相手に、敬語なんていりません。それに、助けてもらってから数日一緒にいるだけですけど、敬語だとなんだか壁を感じるんですよ…出来ればこう、普通にというか……」
後半は遠慮がちになったせいか、尻すぼみになってゴニョゴニョと聞き取りづらい。
「つまり、おぬしは友達のように接して欲しいという訳だな」
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