第1章 その香りの先に
ダリューンの介助で鐙へ左足をかけると、よいしょと体を持ち上げて右足を一気に反対へと跨ぐ。
途中、鞍が動くのを右手で押さえるように言われ、四苦八苦ぎこちないながらも、なんとかソキウスの背へ乗ることが出来たのだった。
「の、乗れた……」
「初めて、にしては上出来です」
ダリューンはそういいながら腹帯をギュッと締め直すと、ポンポンとソキウスの首を軽く叩いてやった。
なんだか乗れた私よりソキウスを褒めてるみたいだ。そう顔に出ていたのだろう、片眉を上げながらカナヤを諭す。
「馬は生き物です。我々人間の様に複雑な感情までは無いかも知れませんが、喜怒哀楽をきちんと感じています。だからこそ、背に乗せる人間とは信頼関係が無くてはなりません」
「そう、ですよね。知らない人にいきなり背中に乗られて不安じゃない訳ないですよね」
ましてや素人がぎこちなく乗るのだ。
ソキウスは初対面であるカナヤを少なからず信用してくれているとはいえ、やはり不安がっていたのだろう。
ダリューンが時々ソキウスを撫でていたのも、きっと落ち着かせる為だ。
「ありがとう、ソキウス」
ダリューンがそうしたように、カナヤはその首へ手を伸ばして優しく叩いてやるのだった。
洞窟は思うより広かった。
しばしの間乗馬指導を受けながら、その中をぐるぐるとひたすらに常歩している。基本中の基本だけに一番大事だと言うダリューン。
そして、習得しようとするカナヤの集中力は目を見張るものがある。
「いやぁ、驚いた。あの娘中々器用じゃないか」
「そうでしょうか」
ナルサスが感嘆の声をあげる横で、エラムがいささか不満げにそう言うと、ナルサスは苦笑した。
「そろそろこれくらいにしましょう。若いとはいえ病み上がりに乗馬は体力を消耗します、いざと言う時に困りますから」
乗る時とは反対の順序で降りようとするが、鐙を外していなかったらしい。
左足が引っかかってあわや、という瞬間
「ああっ!」
「…!」
ダリューンの腕に抱きとめられて落馬を免れた。
引っかかっていた足を抜くと、その場にしゃがみこんだ。
乗馬の練習と落馬の焦りで、カナヤの額にはじんわりと汗が滲む。
「すみません…」
「怪我がないなら幸いです。なに、カナヤ殿なら今に乗りこなせるようになりますよ」