第1章 その香りの先に
『………っあ、』
自分の今までの人生の中で一番心に残る事は?と聞かれたら、私はなんと答えるのだろう。
それは善し悪しあれど、こんな感じだろうか?
例えば初恋。
例えば親友との出会い。
例えば親しい人との別離。
例えば夢。
……私にだって覚えがある事ばかりだ。
それぞれ今の私を形成する為になくてはならない過程であり、この先、生きるためのエネルギーでもある。
人間は、死ぬ間際に自分の人生の善し悪しを振り返るという。
6割…いや、5割方良かったと思えるなら及第点だろうか。
(及第点どころか、これじゃマイナスだ……っ)
自分が何であるのか、誰であってどこへ行くのか、暇な時にクソ真面目に考え込んでいたそれが、まるで走馬灯の様に駆けてゆく。
目の前に広がる光景が、今までの私を完全に否定していた。
燃え盛る炎と煙の中に重なりあうおびただしい人間の死体。
むせ返るような血と肉の焦げる臭い。少し遠くでは戦っているのだろうか、怒声や悲鳴に紛れて キンッ と刃物がぶつかり合う音が聞こえてくる。
私の足元には、赤に染まる人間が倒れていた。
すでに事切れているであろうそれに、震える手が伸びていく。
身体に力が入らない。
くず折れた膝を立ててようやっと意識を保っている私の口から漏れるのは、荒い息遣いだけだった。
いっそ面白いくらいに震えている。
膝から感じる地面の固さに混じって服に染みこんでくるのは、生暖かい血液だった。
伸ばした腕が届かずに虚しく空を切る。
誰でもいい、何がどうなっているのか教えて欲しかった。
こんな事態に巻き込まれたショックのせいか、自分の視界が非常に狭くなっているのがわかる。
見える世界に縁取られた黒は、一向に晴れてはくれなかった。
ツ・・・と前のめりに倒れこむ。
「あ・・・・」
情けなく突っ伏した先には、まだゆるく温かさが残る人間の死体。
顔にべっとりと血糊が這う感覚に、私の意識は次第に遠のいていく。
まぶたが閉じられる間際に鼻に掠めたのは、この場に似つかわしくない、キンモクセイの香り。
(ああ・・・もうこのままいっそ・・・)
その香りの先に