第1章 その香りの先に
「このナルサス、アルスラーン殿下にお仕えいたします!」
エラムの神域である厨房を出たカナヤは、丁度恭しく頭を垂れたナルサスに出くわした。
コホンと1つ咳払いをして、ところで、とナルサス。
「こちらの事情も色々ありましてな、振り回して申し訳ない。紹介が遅れました、私の名はナルサスと申す」
「私はダリューン、こちらはアルスラーン殿下であらせられます」
「よろしく頼む」
「あ、はい、私は…カナヤです。その、よろしくお願いします…?」
(なんで語尾が疑問系なんだろう)
数秒の沈黙の後、最初に口火を切ったのはカナヤだった。
「まずは助けて頂いたお礼を言いたいです。皆さんありがとうございます!そして、ご迷惑をかけてすみません!」
「よいのだ、助けられる者は助けて当然だと私は考えている。それに、私はそなたにはなにか奇妙な運命めいたものを感じているのだ。これも何かの縁であろう」
目の前でにこやかに微笑むアルスラーンをまじまじとみつめるカナヤ。二度も同じことを言われてなんだか気恥しかった。
しかし、あまり意識していなかったのだが、この王子さまはとてもかわいらしい顔立ちをしている。
白銀の髪は柔らかそうに揺れ、瞳は大海を思わせる深い青色、纏う空気は優しさに溢れているようだった。
「私の事を話さなければいけないと思っているのですが、実は何も覚えていないんです、その、戦場…で気を失う少し前の事以外は」
「そのようですね、昨夜殿下とお話されていたでしょう」
「だっ、ダリューン、おぬし起きていたのか!」
「気配で目が覚めますゆえ…」
「私も扉越しに声が聞こえてましたよ」
別に聞かれて困るような事でもないはずなのだが、何故だか小さな羞恥を感じてアルスラーンは口ごもってしまう。
「嘘…をついているようにも見えないですし、もし殿下を狙うのであれば、昨夜でも良かったはず。アルスラーン殿下が信じるのであれば私も信じましょう」
「殿下云々より前に助けたがっていたようだが」
「何か言ったかナルサス」
「いや、何も」
黙ってやり取りを聞いていたナルサスの突っ込みに、ジロリと睨みを効かせるダリューン。
カナヤは少し合間を置いて、耐えきれずにクスクスと笑ってしまう。
「す、すみません、笑うつもりはなかったんですが」