第1章 その香りの先に
なにより当事者である私が私自身を信用できていない。
それにこの服装。
明らかにアルスラーン達が着ているものとは違うのだ。だのに、これを私はよく知っている気がする。記憶が無いのにも関わらずだ。
(記憶がないのも都合がいいところだけ抜けているみたいだ、言葉には不自由してないし)
残されたのは意思疎通するための言葉と、自分の名前だけ。
一番違和感を拭えないのは、この姿だった。
闇に紛れたような漆黒の黒髪に、やや赤みがかかったような茶色の瞳。
陶器の様につるりとした、見方によっては病的にも見えなくもない白い肌。
一番嫌なのが目の前にちらつくひと房の白い髪の毛だった。
目障りだ、しかもなんだか髪全体が硬い。
これが私なのか、いや、何だか違う気がする。
全く、記憶喪失とはなんてはた迷惑な……
自分では全く覚えていないのだが、ここについてすぐにうわ言をひとしきり言ってすぐにまた気を失ってしまったのだとか。
・・・明らかに不審者だ。
行き倒れとはいえ、「ここはどこ私は誰」とどこかで聞いたようなセリフを鵜呑みにして助けるなんて、彼らはどこまでお人好しなんだと苦笑を漏らす。
黙り込んでいた私の顔が険しくなったことに気付いたアルスラーンが、大丈夫か、と一言。
……気にかけてくれているのがわかる。
この人はただひたすらに優しいのだろう。
しかし、一国の王子だというのに緊張感の足りないふにゃりとしたその笑顔に毒気を抜かれてしまったのだった。
「はい、とにかく他の方にお礼と説明を…とは言っても、私自身の事なんて話せる程覚えてはいないですけどね」
自嘲気味にそう言うと、アルスラーンは困ったように笑うだけだった。
「…と、朝の挨拶をしていませんでしたね。改めまして、おはようございますアルスラーン殿下」
「ああ、おはようカナヤ」
しばし顔を見合わせて、私たちはお互いにふふふと笑いあった。