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キンモクセイ【アルスラーン戦記】※不定期更新

第1章 その香りの先に



両手を振りながら、もうよい、とカナヤを制止すると、目が覚めてしまったから少し話そうかとのアルスラーンの提案に快く頷く。

自身の身分とこの国のこと、カナヤが巻き込まれたアトロパテネ会戦や、今ここにいる仲間や明日からの目的を簡単に説明した。

黙って真剣に聞き入るカナヤにしてみれば、どうもアルスラーン達がいる国はおろか、自分自身の出自すら全く記憶にないらしい。

「えーと、アルスラーン殿下?」
「?どうしたのだ?」

少し考えて改めて謝罪した。

「その、すみません、私何も覚えてなくて。どうしていいかわからなくて。本当なら見捨てられてもおかしくないのに、それに、怪しまれても仕方がな」
「何を言っているのだ、目の前で罪もない人が倒れているのなら助けるべきだろう?」

アルスラーンは務めて明るく振る舞いながら続けた。

「おぬしが何も思い出せない状態なのだからしかたがない。だが、しばらくは共にいてもらうようになるが、その間に私達が知っていることを少しづつ教えられたらと思っている」
「殿下・・・」
「焦ることはない、あそこでおぬしを拾ったのも何かの縁なのだ。私にできることはさせてくれ」



拾った。

その言葉にやや眉根をよせるカナヤだが、悪気がないのかキョトンとしたその顔がなんだかおかしくなってクスと笑みをこぼす。

アルスラーンは初めて見たその顔に、少しドキリと心音が跳ね上がるのを感じた。

「とっ、とにかくだ、明日も早い。おぬしも早く寝て体力回復に専念してくれ」

誤魔化すように笑いながらそう言うと、そそくさとその場を後にしたのであった。


(なんか、変わった王子さまだなぁ……)

不安な気持ちが、いつの間にか払拭されていることに気づき穏やかに微笑む。

助けてくれた。
その事実が今の自分にとってどれほど大事な事であるのか。

「今はいいか、今は、このまま流された方がきっといい。あの人は悪い人じゃない」

独り言を呟くと、高い窓から漏れる月明かりに、己の中から湧き上がって来た歌を小さな声で口ずさんだ。



─紡ぎたる縁の ああ なんと儚きことよ
─わたしの道行く先を どうか 月光よ照らしてくれ
─繋がる手と手に 安らぎを
─願わくば ひとときの永遠を


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