第9章 クリスマス・パーティー
「セブルス! 待ってください、私も一緒に帰ります!」
その背中に声をかけても、彼は一度も振り返らずどんどんキラを引き離していった。
(セブルス…)
この靴では走ることもできず、到底追いつけない。
キラは追いかけるのを止めた。
(……足、痛いな…)
追いかけるために早足になったからなのか、それともそれより前からなのか。
気づけば靴擦れを起こしていて、うっすら血が滲んでいた。
そうと自覚すればどんどん痛くなってくる。
石畳の上を裸足で歩くのはさすがに憚れたので、キラは階段に座り込み、靴を脱いだ。
(あーぁ。パーティーってもっと楽しいものだと思ってたのにな)
飲み食いしていたときだけが楽しかったと言っても過言ではない。
(今頃…皆は何してるのかな…)
家が懐かしい。
クリスマスはいつも五目ちらし寿司だった。
祖父のお弟子さんも一緒になって大きな飯台にご飯を持って、酢を掛けてしゃもじで混ぜる。
お酢の匂いが部屋中に広がって――。
『…っ…かぇ、りたぃ…』
あの家に帰りたい。
玄関の引き戸をガラガラと鳴らして、靴を脱いで。
ギシギシと軋む廊下を歩いて、襖を開けて畳の縁を踏まないように中へ入って。
冷えた足先を炬燵の中へ滑りこませるのだ。
きっと反対側には半纏を来た祖父がぬくぬくとしながらお茶をすすっているだろう。
そして私のためにテレビのスイッチを引っ張ってくれるはずだ。
瞼の裏にありありと浮かぶその光景が、キラの涙を誘う。
ぽろぽろと零れていくのを止めることはできなかった。
日本からイギリスに来て約半年。
頑張らなくちゃ、と必死に張っていた気がぷつりと途切れた。
押し殺すような嗚咽が辺りを埋め尽くしていった。
コツコツと石畳みを鳴らしながら、一人の男が歩いている。
どこかから、ひっきりなしに息を吸い込む音がする。
「…おや」
長い金色の髪を耳にかけて、彼は引き寄せられるように泣いている少女へ近づいていった。
「小さなレディ。こんなところで一体どうしたのかな?」
「えっ…」
階段に座り込む彼女に跪き、胸ポケットからハンカチーフを取り出した。
驚きに目を真ん丸くする彼女を見て、男は静かに微笑んだ。