第6章 ハロウィンの夜に
(どうしよう…)
キラはほんの少し女子トイレから顔を覗かせた。
運良くダモクレスが通り過ぎたりしないだろうか。
もうちょっと、もうちょっと…そう思いながら、キラは体半分廊下にはみ出した。
それが悪かった。
「何してるんだ?」
不意に掛けられた声に驚いてキラは完璧に廊下に出てしまった。
「い、いえ、なんでもないですっ」
キラは急いで女子トイレ内に戻ろうとした。
しかし、その声の主は壁に手をつき、キラの進路を塞いでしまった。
「おっと…逃げんなよ。へぇ、可愛いカッコしてんな」
その瞳がキラを上から下まで見た。
「えと…どちら様ですか…」
この状況、なんだか危ない気がするのは気のせいだろうか。
「どちら様、だって? 冗談だろ」
クス、と笑うその男子生徒は、とても整った顔をしていた。
クルクルとウェーブした長めの黒髪に、吸い込まれそうな灰色の瞳。
制服であるシャツのボタンを二つほど外して着崩しているので、首にかかったシルバーのネックレスだけでなく、彼の綺麗な鎖骨がちらりと見えた。
「オレを知らない、なんて…気引いてるつもりか?」
「は…?」
何なんだこの人は。
キラは呆気に取られた。
「教えてやるよ。オレはシリウスだ」
「し、りうす…?」
「そう」
シリウスという男子生徒はニヒルな笑みを浮かべる。
「あ、あの…離れてもらえませんか…」
「なぜだ?」
「何故って…そもそもこんなに近いのがおかしくないですかね…」
「そうか?」
「そうです…!」
そんな会話をしながら、シリウスはどんどん距離を詰めてくる。
(ひぃぃぃ! 何なのこれ! なんで近づいてくるの?!)
「で…名前は?」
「な、名前?」
「オレは名乗っただろ」
(勝手に名乗ったくせに…!)
今や、シリウスはキラに覆いかぶさるようにして立っていた。
傍から見ればただイチャついている恋人同士のようにしか見えないだろう。
「あ、貴方に名乗るほどの者じゃありませんから!」
とうとう吐息が耳にかかるほどに体を寄せてきたシリウスを、キラは両手で押し戻そうと試みた。
しかし、その両手さえも捕らわれてしまう。