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【HP】月下美人

第24章 第二部 慟哭


 手早く身支度を整えてキラは温室へと向かった。
 もう12月、本格的な冬がやってくる。
「うう、寒い…セーター着て来れば良かった」
 霜の降りた道をパキパキと音を鳴らして歩く、そのはずが。
「……あれ?」
 つい先ほど、誰かが通ったような跡に気づく。
(こんな朝早くに、誰だろう?)
 そう思いながら温室にたどり着けば、外鍵が開いている。
(スプラウト教授…じゃないよね。ということは、もしかして)
 頭に浮かぶのは顔色の悪い彼。
 どくん、と心臓の音が大きくなる。
 温室の扉を開ける手はすっかり冷たくなってしまったのか、ぎこちない動きになっていた。
 まさか。
 そんなわけがない。
 でも。
 もしかして。
 一歩一歩が遅くなる。
 そこにいてほしいような、いてほしくないような。
 もしそこにいたら?
 どくん、どくん、どくん。
 うるさいほどに高鳴る鼓動が体を熱くする。
 音を立てないように、そっと、そっと。
 キラは温室の奥、あの花壇へと近づいて行った。
 ぼさぼさに茂ったカノコソウの花壇のその後ろ。

(あ……)

 何も生えていない、土だけが盛られた花壇の前に彼はいた。
 百合を植えていたあの花壇の前だ。
 膝をついて、頭を垂れて。
 その黒い後ろ姿は、とてもとても小さかった。

「なぜだ…なぜいつも君は…っ」

 僕を置いていく。

 絞り出すような声と花壇のレンガに叩きつける拳の鈍い音。
 彼の慟哭が聞こえた気がした。
 キラはその場からゆっくりと後ずさりをして、十分に距離を取ってから走り出す。
 気づかれないように音を立てぬように細心の注意を払って、できるだけ早く温室から逃げたのだった。







「ハァッ、ハァッ、ハァッ――」
 喉がヒリつくように痛い。
 むちゃくちゃに吸い込んでは吐く息のせいで胸も痛い。
 緩やかな丘を全力疾走し、ホグワーツ城内へ転がり込む。
 まだ誰もいないであろうスリザリンの談話室にたどり着くまで、足を止められない。
 石畳みの音が地下牢への道を反響する。
 壁に掛けられた絵の中に人がいれば顔を顰められたであろう。


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