第23章 第二部 虚無
本当は彼女を追って自分も死んでしまいたかった。
リリーがいない世界で生きることなど何の意味もないのに。
約束してしまった。
来たるべき時のため自分は生きなくてはならないなんて、そしてそれが彼女への贖罪なのだと言われても自分にはまだ受け止められない。
ソファに倒れ込んだままセブルスは杖を振った。
片付けの魔法ではない。
目の前をキラキラとした銀糸を纏い牝鹿が駆けていく。
そして霧散するそれを目に焼き付けた。
ノックの音で我に返った。
訪ねてきたのは、キラ・ミズキで。
その名を聞いた瞬間、あのエメラルドグリーンの瞳が脳裏に蘇る。
この扉を開けたなら。
けれども、セブルスにはその覚悟がまだなかった。
あの目を見るのが怖くもある。
二度と光を灯さないはずのものが、扉の向こうにあるとわかっている。
そしてそれはリリー本人のものではないこともわかっている。
レポートの手伝いを、と言って扉を開けさせようとするキラだったが、セブルスは彼女の瞳と相対することへの恐怖に負けた。
キラを怒鳴りつけて帰らせた後、また腕を血で染めた。
時計の鳥が授業開始3分前を告げる。
のそりとセブルスは立ち上がった。
授業が遅れているのだ。
たくさんの羊皮紙の束を目の前にして少しほっとする。
今はこのことだけを考えよう。
蝙蝠のような真っ黒の袖の長い上着を羽織れば、血で汚れた腕は隠せるだろう。
ジンジンと熱く痛む腕は、自らの意識を現実に繋ぎ止める。
手だけを洗ってセブルスは教室へと続く扉を開いた。